15「フラン様の憂鬱です」①
フランチェスカ・シナトラは、自宅に届いた郵便物の束を確認すると、大きく辟易して肩を落とした。
「よくも、こんな恥知らずなことができるわね。呆れるわ」
眼鏡をかけた知的な美人であるフランは、整った顔を嫌悪に歪ませた。
それもそのはず、彼女が手にする郵便物の大半が、父デライト・シナトラ宮廷魔法使い宛てへの見合いの話だった。
「まったく、お父様だっていい歳なのに見合いって、それに私よりも若い娘を当てがおうとか、魂胆が見え見えよね。お見合いをさせられる娘さんたちにも同情するわ」
父が宮廷魔法使いに復帰しただけではなく、圧倒的な力を持ってして隣国の元最強魔法使いを一撃で倒した一件から、大きな評価を受けるようになっていた。
もともと国王陛下から覚えのいいデライトであり、イグナーツ公爵家、ウォーカー伯爵家と名門貴族とも関わりがある。以前は、落ちぶれていたが、復帰してからは、かつて現役だったころよりも評価が高い。
その理由のひとつにサムが関係していた。
サムの師匠ウルリーケを育てたのが、他でもないデライトであり、サムは孫弟子とも呼べる存在だ。王国最強になったサムがデライトをひとりの魔法使いとして尊敬し、慕っていることも、父の評価を上げることに一躍買っていた。
見事、現役復帰したデライトと縁を結びたいという人間は多い。
かつては王国最強の座にいたことから、その実力と魔法使いの素質は疑いようがない。そして、現在デライトには妻も恋人もいない。
ならば娘を正妻の座に、と企む人間が出てくることは無理がないことだった。さらに言えば、サムと縁を結べないのなら、間接的にデライトと縁を結ぶことで、孫弟子のサムとも関わりを、と二重に甘い汁を吸おうとする人間もいるのだ。
そして、もちろん、フランにも見合い話は多数寄せられていた。
「一度は父を見限った家まであるわね。まったく、面の皮が厚いというか、恥知らずというか、よくもこう図々しくできるわね。いっそ、感心するわ」
他にも、かつてデライトの弟子だった魔法使いたちからも、再び弟子に迎え入れて欲しいという要望が届いている。
「――はぁ。誰よりも先に父を見限った奴らに限って復縁要請をしてくるのよね。嫌になるわ」
ここ数日で、見たくもない人間の嫌な部分をたっぷり見せつけられた気がした。
それ以上に、腹立たしくもあるのだ。
かつてデライトと縁がありながら、アルバート・フレイジュに敗北した途端、あっさりと縁を切る者たちが続出した。
これに関しては、恨んでいない。貴族の関わりなんてそんなものだ。宮廷魔法使いであり、スカイ王国最強だったデライトだからこそ、相手も縁を結んだのだ。その地位が無くなれば、付き合うメリットがないと思うことを、不快ではあるが、仕方がないことだと割り切れる。
だが、許せない人間たちもいた。
それでは、デライトを早々に見限って去って行った弟子たちだ。その弟子たちは、アルバートに鞍替えし、奴の下で悪行に手を染めていたと聞いている。
大きい処罰を与えられた者から、小悪党程度の悪さしかしておらず、少しの罰で終わった者もいるようだ。
しかし、そんな奴らなどどうでもいい。
フランにとって、一番許せないのは、母親だった。
デライトのたったひとりの妻であり、フランの母だったナンシーは、夫が宮廷魔法使いを辞した翌日に、何も言わず、娘と夫を置いて消えた。
手紙が残されていたようだが、フランは読んでいない。父が読ませてくれなかった。つまり、それだけのことが書かれていたのだろう。
まだ十代半ばだったフランが大きなショックを受けたのは言うまでもない。仲のいい夫婦だと思っていたのに、いつか両親のように素敵な家庭を築きたい、と思っていたのに裏切られた気分だった。
結局、誰よりも先に父を見限ったのは母だった。
このせいで、落ち込んでいたデライトが酒に逃げるようなってしまった。
そんな父を、フランは責めることができるはずがなかった。
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