7「王子様の相談です」②




 セドリックの部屋は、王宮の居住区にある日当たりのいい部屋だった。

 室内は簡素で、大きなベッドとクローゼット、ソファーとテーブルくらいしかない。


「さあ、座ってくれ」

「失礼します」


 ソファーを勧められてサムが座ると、セドリックはクッキーの並んだ皿を差し出した。

 お茶は、部屋にくる前にすれ違ったメイドに持ってくるように頼んでいた。


「このくらいしかもてなすものがなくてすまないが、食べてくれ」

「いただきます」


 小腹が空いていたので、サムは遠慮なくクッキーを口に運んだ。

 サクサクとした食感と、甘い口溶け、紅茶の風味もするので、紅茶クッキーなのだろう。

 普段、城下町で買っているクッキーよりも美味しい。さすが王子、良いものを食べているなぁ、と思う。


「それで、ええと、ご相談とはなんでしょうか?」

「――実は、好きな女性がいるのだ」

「……はぁ」


 相談は、まさかの恋愛相談だった。

 正直、困惑を隠せない。

 一介の宮廷魔法使いが、次期国王に指名されている王子の恋愛事情に口を挟んでいいものかと悩む。

 しかし、だからといって知らぬ存ぜぬをしていい問題ではないだろう。


「どこかのご令嬢ですか?」

「いや、そうではない。そうだったら、もっと話は簡単だったのだが」

「えっと、では、どなたなのですか?」


 サムの問いかけに、セドリックは頬を赤くしてためらいを見せた。

 きっと、相談とはいえ、いざ好きな人の名を明かすのは恥ずかしいのだろう。


「相談するサムに隠すつもりはない。潔く言おう。私の好きな人は、メイド長のルイーズなのだ」

「……それって」


 大丈夫なんですか、と言おうとして言葉を飲み込んだ。

 王宮のメイド長を務めるルイーズのことはサムも知っている。

 今日も、王宮に呼ばれたサムをクライド国王の執務室に案内し、お茶を運んでくれたのが彼女だった。

 ルイーズは、品のある女性だ。出自こそ、サムは知らないが、とても綺麗な人で、仕事もできる有能な女性だ。メイド長にふさわしい、人物だと記憶している。

 ただ、


「あの、俺の記憶が正しければ、結構年上の方ですよね?」

「うむ、三十歳だ」


 十五歳の少年の想い人が三十歳の女性というのは別に珍しくない。

 年上の女性には、同世代にはない魅力がある。

 サムだって、妻たちはみんな年上だ。


「ご結婚は?」

「していない」

「恋人は?」

「いない。言い寄っている男はいるようだが、ルイーズは相手にしていないようだ。彼女のことは調べられるだけもう調べてある」

「あ、はい」


(ちょっとストーカー? いや、違うか。でもなんか、ギュンターと近いものを感じるかも。あ、従兄弟だもんな)


「そういえば、セドリック様に婚約者っていましたっけ?」

「いないぞ。候補なら複数人いて、その中から決めるはずなのだが……」

「だが?」

「その候補たちが、家族ぐるみでドロドロとした争いをしているので、決まっていない」

「うへぇ」


 さすが王子と言うべきだ。

 次期国王に指名されているセドリックの婚約者になるということは、将来の王妃である。それは目の色を変えてなろうとするだろう。

 親だって王家のつながりと権力を手にすることができるのだ、娘を未来の王妃にするべく躍起になるのもわかる。

 だが、そういう打算と欲まみれで伴侶となられるのはものすごく嫌だ。


「私も同じ顔をしたくなる。その辺りに首を突っ込むつもりはないので放置しているのでいいんだが、母上やお婆さまからは早く婚約者を選べと、新しい候補を探そうとする。しかし、私は――」

「ルイーズさんが好き、と」

「う、うむ。なんというか、照れるな、こういう話をするのは」

「あはははは、そうですね」


 王族なのにスレていないセドリックに好感を抱いた。

 彼には好きな人と幸せになって欲しいと思うのだが、立場ゆえになかなか難しいだろう。

 特に、年齢が一番の問題かもしれない。


「あの、聞きたいんですけど」

「なんでも聞いてくれ」

「なぜ、ルイーズさんなんですか?」

「――私の初めての人なのだ」



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