8「王子の相談です」③




「はい?」

「おや? サムには縁がないのか? 王族はもちろん、貴族には初めてを教えてくれる女性がいるのだ」

「あー、聞いたことはありますけど」

「サムにはなかったのか?」

「ないですねぇ。ど田舎の男爵家で育ったので」

「……すまない。少々配慮に欠けた発言だったな」


 セドリックの謝罪は、辺境男爵家で育ったことにではなく、サムの家庭事情を思い出したからだろう。

 なかなか複雑で愉快なサムの出自であることは、本人がよく理解しているので、気にしていないと笑い、続きを促す。


「ルイーズは私の初めての人だった。それ以前から、なにかと世話をしてくれていた女性でもあり、慕っていたのだ。私は第一王子で、姉はいるが、そのステラ姉上も引きこもりがちだったので、ルイーズが姉のような存在だった」

「わかります」


 サムにとってのダフネのような存在なのだろう。

 サムはダフネを姉として母として家族として慕っていたが、セドリックはそれ以上の感情をルイーズに抱いてしまったようだ。

 もちろん、それが悪いとは微塵も思わない。むしろ、自然のことだと思う。


「私はずっと彼女が好きだった。その想いは小さなものだったのかもしれないが、本物だった。そして、彼女と関係を持ち、向こうは仕事であることを理解しているが、私の想いは強くなってしまった」

「理解は、できます」


 慕っていた人と、通過儀礼とはいえ肉体関係をもってしまったのだ。心に秘めていた感情を強くするなという方が無理がある。

 将来の王妃の座を狙いドロドロした戦いを繰り広げる同世代の少女たちを見ているだけに、包容力のある優しい年上の女性はさぞ魅力的に映ってもいたのだろう。


「私は、我慢できずに告白してしまった」

「――あれ? もう結果は出ているんですか?」

「うむ。振られてしまった!」

「…………」


 言葉が見つからなかった。

 しばしの静寂がふたりを包む。

 サムは咳払いをして、躊躇い気味にセドリックに問う。


「その、結果が出てしまったのであれば、俺になにを相談したいんでしょうか?」

「ルイーズは、私に、自分と身体を重ねたから一時的に気持ちが昂ってしまっただけで勘違いしていると諭してきたが、そうではない。一度振られてしまっただけで、諦めるような気持ちではない」

「お気持ちは、はい、理解はできますが」


 自分に一体なにができるんだろうか、と首を傾げるサムにセドリックは言った。


「そこで、だ! あの引きこもりだった面倒な姉上を手籠にしただけではなく、リーゼ、花蓮、水樹、アリシアという一癖ある女性たちと結婚した挙句、あの変態ギュンターを妻にしているサムならば、なにか妙案があるのではないかと期待しているのだ!」

「……無礼を承知で」

「構わん!」

「もう突っ込みどころが多すぎて、突っ込み切れないぃいいいいいいいい!」


 妻たちがひどい言われようだ、とか。姉に対する認識がちょっと、とか。やっぱり言われたよ、ギュンターのこと、とか。いろいろ言いたいことはあるのだが、どこから突っ込んでいいのかわからず、とりあえず声を荒らげてみた。

 しばらく、はぁはぁ、と息を切らしていたサムだったが、落ち着きを取り戻し、セドリックに謝罪した。


「――失礼しました」

「構わんさ! むしろ、遠慮なく接してくれたほうが嬉しく思う。私にはそうしてくれる友人が皆無だからな。取り入ろうとする者、甘い汁を吸おうとする者が多いゆえ、そなたのような対応は嬉しい」


 なんとも悲しくなる発言だった。


「王子様は大変ですね」

「はははは、仕方がないさ。王族に生まれた以上、このくらいは覚悟している。従兄弟のギュンターは親しく接してくれるが、あれはあれで扱いに困る。よい人間だというのはわかっているのだが、変な発作を起こすし、ときどき狂ったようになるのでな。いや、普段から狂っているか」

「ですよねぇ」

「そんなギュンターにも子供ができたようでなによりだ。サムとしてはおもしろくないのかもしれないが、祝福してやってください」

「いや、めっちゃ祝福しています。超祝福していますから」

「そうなのか? まあ、嫉妬心がないことはいいことだ」

「……否定しなきゃいけないけど、もう面倒になってきた」


 いい加減ギュンターとの関係を否定するのに疲れてきた。

 もしかするとこれは奴の策略かもしれない。

 で、あるなら、なかなか侮れない。


「……その話はいいです。セドリック様のお話に戻しましょう」

「うむ。ギュンターは置いておくとして、私のルイーズの話だ。なにかいい案はないだろうか?」


(王家のパワーで囲ってしまう、というのはなんか違うんだよなぁ。あ、そういえば)


 セドリックに確認しておきたいことがあったことを思い出す。


「セドリック様は、ルイーズさんと最終的にどういう形になりたいんですか? 両思いになりたいのはわかるんですけど」

「そういえば伝えていなかったな、すまない。私は、ルイーズを側室や愛人にしたいわけではないのだ」

「……まさか」

「そのまさかだ。正式な妻として迎えたいのだ」


(いやいや、流石にそれは難しいだろう!)


 思わず声に出しそうになった。

 貴族の子女ならまだしも、年上のメイドを正式に妻とするのは難しい。

 ただの貴族なら可能かもしれないが、王族の、それも次期国王のセドリックの立場では難しいはずだ。

 別に、メイドが駄目だとか、年上が駄目だとか、サムはそういう些細なことは気にしないが、世間が、何よりもセドリックの両親が許さないだろう。


「その顔を見ると、やはり難しいのだろうな」

「……残念ですが、難しいと思います」

「私も第一王妃にとまで言うつもりはない。だが、ちゃんと妻にしたいのだ」


 気持ちはわかる。好きな人だからこそ、関係をしっかりしたいのだろう。


(セドリック様の想いは、一途でいいと思うんだけど、実際に振られちゃっているのが問題なんだよなぁ。どうして振られたのか? 単純に好みじゃないとか、うーん、メイド長だからこそ、セドリック様のことを考えたからっていうのもあるだろうし)


「もしかして、ルイーズさんにもそう告白したのですか?」

「もちろん、妻になって欲しいと告白した」

「あー」


 もしかしたら振られた原因はそれかもしれない。


「やはり、私の告白を本気だと受け取ってもらえなかったのかもしれんな。やはりギュンターから教わったように、本気を示すべきだった」

「うん?」


 気のせいか、不穏な空気になった。


「あ、あの、なにをどう教わったんでしょうか?」

「ギュンター曰く、想い人の下着くらいはコレクションして持ち歩き、ときにはくんかくんかするのが、愛の証拠だと」

「ギュンターぁああああああああああああああああああ!」


 王子になにを教えているんだ、というか真似したらどうするんだ、責任取れるのか、とか言いたいことは山のようになった。

 しかし、サムが目に映るセドリックの動きに、嫌な予感がした。


「ならば、せめてサムに私のルイーズへの想いが本気であると示そう」

「ちょ、ま」


 サムが止める間も無くセドリックは懐から、一枚のショーツを取り出した。


(この野郎、もう下着を取ってやがったぁああああああああああああああ!)


 国民から人気のある次期国王の第一王子が、想い人の下着をくんかくんかする光景は流石に見たくない。

 サムは、止めるべく飛びかかった。


「――うおぉっ」


 しかし、勢い余ってしまい、彼をそのままソファーに押し倒してしまった。

 それでもなんとか下着を奪おうと手を伸ばすと、


「失礼しますよ、セドリック。こちらにサムが来ていると聞いたのですが――」

「失礼します。セドリック様、遅くなりましたが、お茶をお持ち――」


 ノックもなく部屋の扉が開かれ、祖母ヘイゼルと、メイド長ルイーズが入ってきた。

 そして、固まるふたり。


(おい、嘘だろ、このタイミングで、お婆さまとルイーズさんがくるとか、どんな奇跡だよ! くそったれ!)


 サムは、思考をぐるぐると回すが、この場を回避できるとは思わなかった。

 とりあえず、挨拶をすることにした。


「お、お婆さま、ご機嫌よう」


 普段使うことのない「ご機嫌よう」が口から漏れるあたり、サムもいい感じに混乱している。


「……せ、セドリック様」


 動揺を隠せない、とばかりに王子の名を呼んだのはルイーズだ。

 セドリックは、今の自分たちが想い人にどのように映っているのかわかっていないらしく、平常運転で挨拶をした。


「やあ、お婆さま、ルイーズ」


 にこやかな王子の画面に拳を叩き込みたくなった。

 他に言うことがあるだろう、と。


「サム、あなた……ギュンターと関係があると聞いていましたが、セドリックとも」

「ち、違います、ギュンターを含めて全部誤解です!」


 祖母が目を見開き、とんでもない誤解をした。


「あの、なぜセドリック様が私が無くしたはずの下着を、まさか、シャイト様と履いてそういうプレイを」


 ルイーズの脳内では、相当激しい勘違いが繰り広げられているようだ。

 もういろいろ我慢の限界に達したサムは、とりあえず、大きな声を出すことにした。


「ああ、もう、ややこしくなったぁああああああああああああああああああああ! めんどくせぇええええええええええええええええええええええええっ!」



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