57「ダフネのお話です」②




「あー、ごほん。ところで、そもそもどうしてダフネはあの屋敷にいたの? 本当に妹さんが嫌で飛び出したわけじゃないんだろう?」


 なんだか変な話になりそうだったので、サムが無理やり話題を変えた。

 幸いなことに、ダフネはウルからサムに視線を向けて応じてくれる。


「ミヒャエルのことは嫌いではありませんが、原因はこの子にあるにはあるのです」

「どういうこと?」

「もともと私はエルフの次期女王候補のひとりでした。自慢するわけではありませんが、それなりの実力を持っていましたので。ミヒャエルも同じ女王候補であると同時に、最有力の候補でした」


 ダフネがエルフの女王候補だったことにサムは驚きを禁じ得なかった。

 まさか、そんな女性がそばにいたとは夢にも思わなかったのだ。

 エルフといえば、ファンタジーの代表格である種族だ。

 今までエルフに会ったことがないことを残念に思っていたサムだったが、まさか転生して一番に出会ったのがエルフだったとはさすがに想定外だった。


「これがエルフの女王とか、国よりも、種族として滅ぶだろ」


 驚いているサムの横で、未だ姉の胸に顔を埋めて匂いを堪能している変態を見て、ウルが顔を顰める。

 確かに、ミヒャエルの言動を見ると、とても女王候補だったとは思えない。


「実際、この子によってエルフの国は滅ぶ可能性がありました」

「――ミヒャエル、お前、何したんだよ?」


 ウルが呆れた声で問いかけると、姉の谷間から顔を離したミヒャエルが声を荒らげた。


「私が悪いわけじゃないわ! 連中が悪いのよ!」

「原因は私にもあります。ミヒャエルは幼い頃から私を異常なほど慕っていました。そんなミヒャエルですが、最終的に女王に選ばれたのですが……私に女王の座を譲ると言い出したのです」

「お姉様ほど高貴で素敵で女王にふさわしいエルフはいないわ!」

「という感じで。もちろん、決まりが覆ることはありません。そもそも私は女王になる気はありませんでしたし」

「だから、私が頭の堅いお馬鹿な連中を根絶やしにしようとしたのよねぇ」

「想像以上にすごいことしようとしていた!」


 どれほど姉が好きなんだ、とサムとウルが顔を引きつらせる。

 しかし、ミヒャエルは悪いことをしたという自覚がないようで、自らの行動に胸を張っている始末だった。


「これはまずいと思った私は国を出ました。気ままに暮らしたいという思いもありましたし、冒険者に憧れてもいましたのでいいチャンスかと思ったのですが。……まさか女王の座を放棄してミヒャエルが追いかけてくるとは思いませんでした」

「お姉様がいない国になんて興味ないわ!」

「姉離れしてほしいという意味も込めて、ミヒャエルに見つからないようにしながら生きていたのですが、このような再会をするとは思いませんでした」

「ダフネにもいろいろあったんだね。でも、屋敷でメイドをしていたのはなぜ?」


 サムの疑問にダフネが笑顔で答えた。


「怪我をしたときに、メラニー様に助けていただいたのです。そのご恩を返すために、メイドとして働いていました。メラニー様がいなくなってからは、サム様のために働いていたのです。ふふ、残念ながら、壮大なエピソードはないのですよ」


 サムの記憶が確かなら、最近、ダフネは母と再会を果たしているはずだ。

 どんな話をしたのか不明ではあるが、ダフネも母も嬉しそうにしていたのを覚えている。


「まさか、サムの近くにエルフがいたとはな。準魔王級なのにも驚いたが、魔王と知り合いだということにも驚いた」


 ウルの呟きに、大したことはないと謙遜した様子でダフネが首を振った。


「一応、女王候補でしたら、それなりに力もありましたし、魔王様たちともご縁はありました」

「つまり、最終的に女王に選ばれたミヒャエルも準魔王級くらいの力を持っているのか?」

「私は違うわよ。エルフの中でも、準魔王級の力を持っているなんて、長い歴史を紐解いてもお姉様くらいよ」

「その割には、女王にはなれなかったようだが?」

「私の母は身分が低かったのです」

「あー、エルフにもそういういのがあるんだな」


 人間だけが、地位や血筋を気にするだけではないようだ。


「なんだかエルフの国も人間の国と変わらないところがあるんだね」

「サム坊っちゃまの言うように、似ているところは多々あります。他の魔族も、似たり寄ったりです。例外なのは、強さと血の濃さで爵位が決まる吸血鬼の始祖魔王ヴィヴィアンが治める夜の国くらいですね」


(魔王ヴィヴィアンと夜の国か。確か、ダグラスたちもヴィヴィアンって名前を口にしていたな)


 もっと魔王の話を聞こうとサムが口を開こうとすると、


「――サム! ウルリーケ!」

「げ、ギュンター。お前、よくここにいるってわかったな」


 突然のギュンターの登場にウルが嫌そうな顔をした。


「ここは僕の一族が経営しているからね。もっとも、僕の愛情をもってすれば、君たちの匂いくらい辿れるさ」

「犬かよ!」

「わん! ――プレイは嬉しいが後にしよう! 今はそんなことをしている場合じゃない!」

「プレイなんてしてないからな! お前、ぶっ飛ばすぞ!」


 相変わらずのギュンターに、ウルが唾を飛ばして怒鳴る。

 ミヒャエルなどは「成長したわね、ギュンターちゃん」となぜか目尻に涙を浮かべて感動しているが、今のやりとりのどこに感動する要素があったのかサムにはまるでわからなかった。


「で、どうしたの?」


 いつもマイペースなギュンターが取り乱しているので、さすがに気になったサムが尋ねるが、


「この国最強の変態がやってきた!」

「それ、お前のことじゃん」


 まるで自分がこの国最強の変態ではないようなことを言い出したので、一同は困惑気味に首を傾げたのだった。



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