32「宮廷魔法少女と聖女です」①



「よし!」


 霧島薫子は、約半年の間、お世話になった教会の住まいを片付けると、少ない私物を箱に詰めて額の汗を拭った。

 薫子がオークニー王国に戻ってきてから慌ただしい日々だった。

 勇者葉山勇人がやりたい放題したツケが、あちらこちらで発覚したのだ。

 その結果、当の本人と、国王陛下、王女までが死を迎えるという結末に至った。


「これで、この国ともお別れか。あの馬鹿と一緒じゃなかったら、もっと違う未来もあったんだろうけど……ちょっと残念ね」


 聖女として人々のために尽くしていた薫子だったが、勇人と同郷の異世界人というせいで、居心地の悪さを覚えていた。

 それでいながら、新たに国王となったリチャードには国に残って欲しいと願われる始末。

 さすがに無理だと言うも、なんとかならないかとゴネる新国王に「私への風評被害をなんとかしてくれたら考える」と伝えたが、結局なにもできず、リチャードはそれ以上薫子になにかを言うことはなかった。


 不幸中の幸いだったのが、お世話になったシスターたちや騎士たちとの関係は良好だったことだ。

 みんなは、薫子がスカイ王国に行ってしまうことを寂しがってくれたが、今のオークニー王国にいるよりはいいと理解してくれているため、笑顔で見送ってくれると言ってくれた。

 騎士の中には、恋人として、できることなら夫として一緒についていきたいと告白してくれた人もいたが、薫子はその告白を丁重に断った。


 気持ちはありがたかったが、よくしてくれる騎士たちの人生を変えてしまうことを恐れた。

 何よりも、薫子には気になる人がいる。

 相手は年下で、婚約者もいるし、まだ恋とまで呼べるような気持ちではないが、気になるのだ。

 その人と再び会えることを嬉しく思うが、再会はもう少し先になるだろう。


 部屋の片付けこそしたが、スカイ王国からの迎えはまだだ。

 オークニー王国で、治療途中の患者や、まだ癒していない人たちのために戻ってきたものの、その住民たちが葉山勇人のせいで同じ異世界人である薫子と距離を置いてしまったのだ。

 これでは戻ってくるだけ無駄だったとため息が出る。

 それでも、偏見を持たず、別れを惜しんでくれる人たちがいることに救われた。


 今頃、教会を経由して、スカイ王国へいく準備ができたことが伝わっているだろう。

 あとはオークニー王国側から、スカイ王国へ薫子を迎えにくるよう要請を出せばいい。

 少し時間はかかるだろうが、構わない。


「あの、聖女様」

「どうしましたか?」


 扉越しにシスターのひとりが声をかけてきた。

 扉を開けると、見知ったシスターだった。

 年齢が近いこともあって、洗濯を手伝ったり、一緒にお茶をしたり交流が深いシスターのひとりだ。

 そんな彼女が、なにか戸惑ったように眉を潜めている。

 なにかあったのかしら、と薫子は内心首を傾げながら、シスターの言葉を待った。


「聖女様にお客様がいらっしゃっています」

「お客様? どんな方かしら?」

「その、スカイ王国の方なのですが」

「え? もう迎えに来てくれたの?」

「聖女様をお迎えにきたことは間違いありません。スカイ王家からの手紙と、宮廷魔法使いであることを証明してくださったのですが」

「どうかしたの?」


 なにやら歯切れが悪いシスターに薫子が問いかけた。

 すると彼女は困ったような顔をすると、恐る恐る口を開いた。


「――なんか変態です」

「は?」



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