31「代償魔法を知りました」




「あー、くだらん話をしてしまったじゃないか。ところで、目と腕の具合はどうだ?」


 ひとしきり騒いだあと、会話はサムの体調となった。


「残念ながら、相変わらず見えないし、感覚もないよ。まだ一日も経っていないから、仕方がないよ」


 不便だが、問題はない。

 もう片方の目は見えるし、腕は感覚がなくても使い方を覚えているので使うことができる。

 仮に、またレプシーのような魔王と戦うことになれば、大きな負担となるだろうが、同じ人間相手なら易々と遅れを取ることはないだろう。

 本来の力とスキルを取り戻し、ウルから継承された魔力を問題なく使いこなせるようになったサムには、それだけの自負があった。


「代償があることを承知しながら、使わせてしまって悪かった」

「ウルが謝ることじゃないよ」

「わかっている。だが、それでも、戦えなかったことを謝罪したい」

「それでも謝罪はいらないよ。俺が戦えたから戦ったんだ。代償だって支払うとわかっていて使ったのは俺自身だし。そもそも、レプシーを相手に出し惜しみなんてできなかった。もし、あのとき、少しでも力を使うことを躊躇っていたら、きっと俺は今ここにいないよ」


 サムは後悔など微塵もしていなかった。

 むしろ、代償に怯えて戦わずにいたとしたら、その方が後悔に苛まれていただろう。

 いや、死んでしまえば後悔すらできなかった。

 その後のことを考えるとゾッとしてしまう。

 あの場にいたウルやギュンター、そしてクライド陛下はレプシーに殺されただろう。その後、王都に暮らすリーゼをはじめとした大切な人たちも命を奪われていた可能性は大きい。

 ならば、あの時、レプシーと戦うことを決めたサムの決断は間違っていない。


「――そうか。なら、もう言わないさ」

「うん。それでいいよ」

「じゃあ、お前に教えていなかったことを教えよう」

「教えていなかったこと?」

「そうだ。意図して、お前に黙っていたことがある。そしてその知識は、私がお前に行った継承魔法で伝わる知識からも省いている。しかし、今後のことを考えると知っておいた方がいいだろう」

「え?」


 まさかウルが継承させた知識から、意図して省いていたものがあるとは思いもしなかった。

 同時に、間違いなく自分のためにそうしてくれたのだとわかる。


「お前の最大の魔法とも言える【セカイヲキリサクモノ】は、『代償魔法』と言う」

「代償魔法? それって、どう言う?」


 初めて聞く魔法の種類だ。

 少なくともウルに師事して四年以上の間に、一度として聞いたことはない。


「そのままの意味さ。代償を支払って魔法を使う。至ってシンプルだが、強力な魔法だ。もともと私たち魔法使いは、自ら持つ魔力を消費することで魔法を使っている。魔力という代償を捧げ、魔法を使っているのだ。で、その代償を大きくしたらどうなると思う?」

「……えっと、強力な魔法が使えるよね」

「その通りだ。昔、代償魔法についての研究があった。だが、その研究内容がいただけなかった。代償を大きくすれば強力な魔法が使える、しかし、自分で代償を支払いたくない。ならばどすればいい? 簡単だ、自分ではない誰かに代償を支払わせればいい」

「それって」

「――禁術だ」

「だろうね」


 いつの時代にも、どんな場所でも、自分のリスクは嫌がるのに他人にはリスクを負わせようとする人間はいる。

 こういう話を聞くと、人間て残酷だ、とつくづく思ってしまう。


「もっとも禁術認定されたのは、他人に無理やり代償を支払わせることができることがわかったからだ。さらに言うと、強力な魔法と言っても、人間という枠を超えることができなかった。所詮、人間の使う魔法なんてたかが知れているってことさ」

「あれ? だけど、俺は?」


 サムの疑問はもっともだった。

 人間であるサムは、魔王をたった一撃で倒した。

 相手が不完全な復活だったとはいえ、スカイ王国が代々秘密を隠してきた魔王を、だ。

 何よりも、サムは自分が使った【セカイヲキリサクモノ】を代償魔法だと自覚して使っているわけではなかった。

 というよりも、どのような仕組みで使用できているのかさえわからないのだ。


 もともとサムのスキルは『切り裂くもの』というシンプルなものだ。

 とにかく切ることに特化した、それだけの単純かつわかりやすいものだった。

 しかし、サムは剣が使えない。武器や道具の類がまったく使えない。

 そこで、魔法を使用した斬撃としてスキルを使うことにした。

 そのスキルを改良し、使いやすく、強力に、時間をかけて魔法に昇華させるまでに至ったのが【スベテヲキリサクモノ】だ。

 その威力は、ナジャリアの民の長オルドを一撃で屠るほどである。


 しかし、【セカイヲキリサクモノ】は違う。

 サムが編み出したものでも、ウルが考えたものでもない。

 戦いの最中、まるで天啓のようにサムの脳裏に降ってきたのだ。

 当時は竜王と命がけの――いや、殺される寸前の戦いだったため、なにも考えずに使用した。その結果、竜の王の翼を切り落とすことに成功したのだ。

 だが、代償があることを知り、ウルはもちろん、戦った竜王からも「使うな」と釘を刺されてからずっと使っていなかった。


(――仮に俺が使ったのが代償魔法だったとして、人間の領域以上の力を出した気がするんだよな)


「そうだな、お前は別だ。【セカイヲキリサクモノ】は代償を支払うことで、本来のお前を凌駕する力を限定的に使うことができる。二度と使わせつもりはなかったから考えないようにしていたが、代償魔法にしては強すぎるし、強さの割りには代償が少ない」

「うん。それは同感。あれだけの力を使うことができる代償が、片目と腕が一時的に機能しない程度なら、きっと躊躇わずに次も使うと思う」

「――私はそれが怖くてたまらない」

「え?」


 ウルはサムを真っ直ぐ見た。

 彼女の瞳は、心からサムのことを案じているように思えた。


「本当に代償を支払っていないのか? 私やお前の感知できないところで、例えば、寿命などを知らずに支払っていないか?」

「それは……わからない」


 ウルに言われてゾッとした。


(そうだ、なぜ自分が把握できる代償しか支払ってないと思い込んでいたんだ? 寿命なんて目に見えないし、感じることだってできない。魔力や、才能、どんなものを支払っているかなんて、俺にはわからない)


「だから約束してくれ、サム。二度と、【セカイヲキリサクモノ】を使わないと」

「――それは」


 サムは返事ができなかった。

 万が一、他の魔王が敵として現れたら、通用する手段は限られている。

 代償を恐れた結果、大切なものを奪われてしまうのなら、自分を犠牲にした方がいい。


「お前の心配はわかっている。だから、対策を授けてやる。きっとお前も喜ぶぞ。なんたって、エルフの魔法だからな」

「――エルフ!? ウル! エルフの知り合いがいるの!?」


 エルフ。

 ファンタジー代表のような存在だが、今までサムは会ったことがない。

 そんなエルフの魔法を教えてもらえると聞かされてしまうと、重々しい思考がどこかに吹っ飛んだ。


「ああ、残念なことに変態だけどな」


 しかし、師匠の言葉に、サムが肩を落とす。


「そっか、変態か。この世界って変態が多いね」

「ああ、変態だらけだ」

「ははは」

「あはははははは」


 サムとウルは、笑った。

 しょうもないと言わんばかりに笑い続けた。

 ふたりは次第になにを理由に笑っているのかわからなくなるほど、笑い続けた。

 思えば、かつて彼女と旅をしていたとき、些細なことで笑い合った。


(気になることが増えたけど、今はこれでいい。ウルが使うなと言うなら、俺は【セカイヲキリサクモノヲ】使わない。それでいいんだ)


 ウルと話をし、笑いあい、ようやくサムは敬愛する師匠とちゃんと再会できた実感を覚えた。



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