30「ウルとの時間を過ごしました」②




「ただし」

「はい?」

「これだけは言っておく。お前は自分のことを大人だと思っているかもしれないが、お前の言動はすべて子供のものだ。だから、甘さもあるし、敵対した相手に遅れを取ることもある。それを責めるつもりはないが、まず自分が子供だということを自覚しろ、サミュエル・シャイト。お前は、まだ十四歳の子供なんだと、しっかり思い知れ。じゃないと、肉体が成長しても、心が成長できないぞ?」


 ウルの言葉に、サムは深々と頷いた。

 サムは今まで自分を大人だと思っていた。

 肉体的にはまだ子供でも、精神的に、前世の記憶を持つゆえに大人だと。

 しかし、ウルはそれを違うと言う。

 前世の記憶を持っていようが、サムは十四歳の子供だと言ってくれた。

 サムとしては、ある日突然、この世界のサミュエルという少年として目覚めた感覚なのだが、ウルが言うにはそうではないようだ。

 あくまでも、サミュエルが前世の記憶を持っているだけ。

 ゆえに、サムは子供であり、肉体年齢相当だと言う。

 きっとそうなのかもしれない。

 かつてのサムの人格から、今のサムの人格へ変わってしまったが、サムはサムだ。

 それ以上のでもないし、それ以下でもない。


「――うん。俺は俺だね。前世の記憶があっても、サミュエル・シャイトだ」

「それでいいい。自分が大人だと勘違いしていると成長できないからな。もっと早く言ってやるべきだった。すまんな」

「ううん。俺の方こそ、もっと早く自分から前世のことを打ち明けるべきだったよ」

「じゃあお互い様だ。だが、もうこれで大丈夫だ。お前は子供であることを自覚できたんだから、これからも成長する。もっと強くなって、そうだな、いずれ世界最強の魔法使いに至れ」

「――ああ!」


 ウルの言葉は、サムの原動力となる。

 彼女を失ってから立てた目標が最強の魔法使いになることだ。

 それをウルが言ってくれたことを嬉しく思う。

 やはり師匠だ。自分たちはよく似ていると感じた。


「あと、これは師匠として、あくまでも、そう、師匠としての心配なんだが」

「どうしたの?」


 真面目な顔をしていたウルの頬が赤く染まり、なんだか言いづらそうにしているので、サムが思わず首を傾げた。

 言いたいことはどんなことでも遠慮せず言い放つ彼女にしては珍しい。

 よほど言いづらいことなのかな、とウルの言葉を待つ。


「あー、年頃の男の子があれだけいる婚約者のひとりにしか手をだしていないのは、いささか心配だ。その、なんだ、男の機能的に問題でもあるのか?」

「――ねえよ!」


 いったいどんな話が始まるのかと思えば、ずいぶん下世話な話だった。

 肩の力が抜けそうになるも、不名誉な誤解を解くべくサムは大きな声を出した。


「しかし、健康的な男の子は朝からご立派だと聞くが、全然違うではないか!」


 ウルの視線を辿ると、自分の下半身に向いていた。

 確かに、今のサムに男子の朝の生理現象は起きていない。


「あれだけいろいろなことがあって心身共に疲れ果てていたんだから、無茶言わないでくれないかな! ていうか、ウルってそういうキャラだっけ!?」

「私だって乙女だからな、まったく興味がないとは言わん」

「なんか意外だなぁ」

「失礼な! とにかく、私が死ぬ前に、全員と結ばれろ! これは師匠命令だ!」

「理不尽! どんな師匠命令だよ!」


 今まで真面目な話をしていたのに、と、サムが呆れてしまった。


(でも、思い返せば、俺とウルっていつも魔法の話か、くだらない話で笑ってばかりだったから、懐かしいな)


「まあ、待て。真面目なことを言うとさ、人間なんていつ死ぬかわからないんだから、後悔しないように生きろってことさ。お前の婚約者たちだって、お前と幸せになりたいんだ。心だけの話じゃない。人間は女も男も変わらず、精神的にも肉体的にも幸福を求める生き物だ。愛する人と結ばれたい、気持ちよくなりたいと思うのは健全なことだ。むしろ、我慢している方が不健全だ」

「そのくらい俺だってわかっているさ。でも」

「でも?」

「どうすればみんなと一歩進んだ関係になれるのかわからないんだよね」


 羞恥を覚えながら、サムは心内を吐露した。

 リーゼとは、難しく考えることなく求め合って結ばれた。ある意味自然だっただろう。サムだってリーゼが好きだし、彼女も好いてくれていた。

 花蓮たちが自分を好いてくれていることはわかっているし、サムもまた彼女たちが心から大切だ。

 なのだが、いざ男女の関係に進むのが難しい。

 今の関係が心地いというのもそうだが、関係が発展するとすると、なにか自分たちの関係が変わってしまうんじゃないかと言う不安もあった。


「…………」

「…………」


 サムが本音を明かすと、なんとも言えない沈黙が続く。

 しばらくして、ふうぅ、とウルがため息を吐くと、かっ、と目を見開いて大きな声を出した。


「このへたれ! 根性なし! 一発やろうぜ! で、いいじゃん!」

「やだよ! そんなこと言えるわけがないだろ!」

「言えよ! あ、じゃあ、私が代わりに言ってきてやるよ。ねえねえ、私の可愛い弟子と一発エッチなことしてあげてーって」

「ちょ、おま、そんなこと言われたら婚約解消されちゃうからやめて!」

「だろうな。私なら、師匠にそんなことを言ってもらうようなへたれな婚約者などいらん」

「じゃあ言うなよ!」

「馬鹿野郎! お前がとろとろしているからだろ! さっさと一発やって、私を安心させてくれ!」

「極端! ウルが極端すぎるだけだよ! その勢いだけでなにかしようとするの直せって言ったでしょ!」

「私はいつだって勢いだけで生きているんだよ! ほら見ろ、死んでも治らなかっただろ!」


 サムとウルは、かつてそうだったようにくだらない話でギャーギャーと喧嘩した。

 気づけば、ふたりは笑い出し、その声は大きくなって部屋に木霊するのだった。



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