42「アリシア様の出番です」①




「では、次はわたくしの番ですわね!」


 ふんす、と鼻息荒くして闘う気満々のアリシアがリングに向かおうとするので、思わずサムが声をかけてしまった。


「あ、あの、アリシア様、無理をする必要はないと思いますよ」


 サムとしては、アリシアを心から案じていた。

 リーゼたちからは、アリシアも戦う手段を持っていると聞かされたが、実際にこの目で見ていないので心配が消えることはない。

 そんなサムに対して、アリシアは満面の笑みで応えた。


「大丈夫ですわ! わたくしもサム様の婚約者としてふさわしいと示させていただきますわ!」

「いえ、気持ちはありがたいのですが」

「では、行ってまいります!」

「ちょ、アリシア様!?」


 いつもとくらべて少しテンションの高いアリシアが、サムの言葉を途中で試合に臨んでしまった。

 彼女の様子を見ていれば、試合開始と同時に降参する気配がないことくらいわかる。

 サムは頭を抱えたくなった。


「心配することはないぞ、サムよ」

「――灼熱竜? 来ていたの?」


 音も気配もなくサムの背後にいたのは、アリシアを可愛がっている灼熱竜だった。


「うむ。暇だったのでな。ダフネに誘われて来ていたのだ。あいつは観客席にいるぞ」

「……ダフネ、いつのまに灼熱竜と仲良くなってんだよ。そうじゃなくて、それはいいんだけど、アリシア様を止めないと!」

「構わぬ。万が一の時は、妾が相手を八つ裂きに」

「それを心配しているんだから止めたいんだよ!」

「冗談だ。そう心配することはない。アリシアなら問題ないと保証しよう」

「だけどさ」

「サム――婚約者ならアリシアを信じるのだ」

「ぐっ」


 それを言われてしまうと、サムとしても黙るほかない。

 別にアリシアを信じていないわけではないのだ。

 心配なだけだ。


「――サム様」


 控え室を出たアリシアは、サムを振り返ると、心配ないと言わんばかりに微笑んだ。


「サム様がわたくしの身を心配してくださることは嬉しいです。ですが、わたくしも守られているばかりではないことを証明させてください」


 ドレスの裾をつまみ一礼したアリシアは、今度こそリングへ向かってしまった。

 出会った頃の、おどおどしていた彼女はもういないのだとわかった。

 背筋を伸ばし、何事にも物怖じなく真っ直ぐに進んでいける少女へと、成長していたのだ。


「サム、心配は嬉しいけど、アリシアを、いいえ、アリシアだけじゃなく私たちに過保護にならなくていいのよ」

「……リーゼ様」

「アリシアなら平気。信じる」

「アリシアだって思うことはあるんだよ。彼女を信じて見守ろう」

「花蓮様、水樹様」


 灼熱竜のみならず他の婚約者たちにも窘められたサムは、確かに自分が過保護であることを認めた。

 それを悪いことだとは思わない。愛する人を心配して何が悪い。

 しかし、サムは拳を硬く握りしめて、今にもアリシアを連れ戻したい衝動を堪えながら、愛する人を見守ることにした。

 ときには手を出さないことも大事だと分かったからだ。


「――頑張ってくださいアリシア様」



 ※




 リングの上がったアリシアは、待っていた対戦相手に丁寧に挨拶をした。


「アリシア・ウォーカーですわ。よろしくお願いします」

「――はぁ。こんな弱そうな子が私の相手なんてね。ちょっと意外だけど、まあいいわ。恋人のために勝たなきゃならないから手加減なんてしてあげないわよ」


 拍子抜けしたように嘆息したのは、黒髪をショートカットに揃え、短いレザースカートと膝下までのロングブーツを履いた少女――ブレンダだった。


「もちろんですわ、わたくしも頑張ります」

「なんだか拍子抜けする子ね。嫌いじゃないんだけど、巡り合わせが悪かったわね。私は弱いものいじめをするつもりはないから、さっさと終わらせてあげる。そして、勇者様にたっぷりかわいがってもらうのよ」


 艶のある顔をして、試合後のことを想像するブレンダが体をくねらせる。

 三度目となる、勇者に心酔した少女の登場に、審判役のリュードは若干辟易した顔をして、試合開始を宣言した。

 いち早く動いたのはブレンダだった。


「ふふっ、じゃあはじめましょう――召喚」


 ブレンダが指を鳴らすと、魔法陣が現れた。

 眩い光の中から現れたのは、立派な角を持つ牡鹿だった。

 だが、なによりも目を引いたのは、牡鹿の首に、頑丈そうな鎖が繋がれていたことだった。

 アリシアは、決してよいとは言えない牡鹿の扱いに顔をしかめてしまう。


「オークニー王国には色々な精霊がいるのよ。この牡鹿もそう。私が捕まえ、調教しているわ」

「――ひどいですわ」

「あらあら、あなたのようなか弱そうな子には刺激が強かったかしら。でもね、召喚士なんてみんな同じことをしているのよ。調教し、使役してこそ、召喚士なのだからね」

「わたくしはそんなことはしません。わたくしは、わたくしの大切なお友達の力を借りて闘います!」

「あら、あなたも召喚士なのね? いいわ、呼んでごらんなさい」


 アリシアは、大きく息を吸い込むと、大切な友達の名を呼んだ。


「――おいでませ、メルシーちゃん!」


 リングを埋め尽くすほどの魔法陣が展開され、神々しい光が放たれ周囲を白く染めていく。

 そして、


「――きゅるるー!」


 光の中から現れたのは、ウォーカー伯爵家でお留守番しているはずの子竜の一体だった。



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