41「水樹様の出番です」②




「赤の他人と家族ごっこなどしてなにが楽しいのですか? もしかして、あなたはサミュエル・シャイトの婚約者でありながら、あの方をお慕いしていないのかしら? そういえば……どこぞの父親が二度と馬鹿な真似をしないように人質として差し出されたのでしたわね。そのような境遇ならば、婚約者に愛情を抱くこともできないのでしょう。――おかわいそうに」

「……へぇ」

「もし、あなたが望むのであれば、今の境遇から解放する手助けをして差し上げますわ。勇者様に忠誠を誓うというのなら、あの方のご寵愛を――もちろんわたくしの次にですが、いだだけるように頼んで差し上げてもよろしくてよ」

「――もういいよ」

「はい?」


 水樹は、婚約者たちの中でも比較的冷静な人間だった。

 それは剣士として冷静であれと育てられてきたからだ。

 無論、感情があるので、ときには感情的になることもある。だが、基本的には冷静な少女だった。

 そんな水樹の胸の中は怒り満ちていた。

 家族たちを気味が悪いと言われただけでも腹立たしいのに、あの葉山勇人の女になれなどと言われたのだ。実におぞましい。


「君が僕を怒らせようとしているのはよくわかったよ。そして、それは成功した。剣を握ったときは冷静じゃなければならないんだけど……僕もまだまだ未熟なようだ」

「あら、ご自身が未熟だとわかっただけでもよろしいではないですか。では、心だけでなく、剣の腕も未熟だと教えて差し上げましょう」

「ふぅん。じゃあ、教えてもらおうかな」


 睨み合うふたりの間に立った、審判役のリュードが腕を上げ、試合開始を宣言した。


「君は僕の大切な家族を侮辱した。とても許せることじゃない。その代償はもらっていくよ」


 試合開始と同時に、鋭い目つきとなった水樹が目にも止まらぬ早さで刀の鯉口を切った。

 甲高い金属音が響き、どさり、となにかが地面に落ちた音がした。


「いいでしょう。では、わたくしのこの剣を持ってして――え?」


 抜刀しようとしたレベッカは、自らの違和感に気づいた。


「わたくしの腕が」

「地面に落ちているのって、君の腕じゃないかな。早く拾って、繋げてもらったほうがいいと思うよ」

「い、いや、いやああ、わたくしの、腕、いやぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 レベッカの絶叫が響き渡った。

 隣国の女剣士は、右腕の付け根から下を失っていたのだ。

 その証拠に、リングの上には剣を握ったままの右腕が落ちている。

 喉が裂けんばかりの絶叫を上げるレベッカは、血を撒き散らしながら地面に倒れ、のたうち回る。

 そんなレベッカに、水樹は底冷えするような視線を向けていた。


「片腕だけで許してあげるよ。だけど、二度目はないからね。また僕の家族を侮辱するのなら、首から上が地面に転がる覚悟をしたほうがいいよ」


 それだけ言い放つと、もう興味がないとばかりに背を向ける。

 いまだ絶叫を上げるレベッカに水樹の声が届いたかどうかは不明だが、少しだけ水樹の気が晴れたのは間違いない。

 審判が水樹の勝利を宣言し、観衆から感情が沸いた。

 こうして、スカイ王国の三度目の勝利となった。



 ※



(うっそぉ、水樹様の太刀筋がほとんど見えなかったんですけど。蔵人様よりも、強いんじゃね?)


 試合を見ていたサムには、水樹の動きがほとんど見えなかった。

 なんとか初動だけは目にできたが、気づけばもう対戦相手の腕が落ちていたので、驚きを隠せない。

 おそらく観客たちには、いきなりレベッカの右腕が付け根から飛んだように見えたはずだ。


(数え切れないほど手合わせしてきたけど、水樹様もあくまでも手合わせの範疇でしかなかったんだな。実際に戦ったら、どうなるやら)


 リーゼもそうだが、雨宮流を習得している剣士は魔法使い殺しすぎる。

 対策ができないわけではないが、水樹のように早く鋭い攻撃ができる相手は、本当に対応するのが苦労するのだ。

 もし、サムと水樹が全力で戦うとなれば、どのような結末になるのかわからない。

 もっとも、サムとしては婚約者と命をかけた戦いをするつもりはないのだが。


「えへへ、サム、僕も褒めてほしいな」


 控室に戻ってきた水樹は、無慈悲に対戦相手の腕を切り落とした人物とはまるで別人のように思えた。

 子犬のようにすり寄って、頭を撫でる催促をする少女が、尋常ではない戦闘力を持っているとは誰も思わないだろう。


「あ、はい、もちろんです。とてもお見事でした、というか、ほとんど見えませんでした」


 水樹の頭を撫でながら、サムは関心半分に応える。


「サムもまだまだだね。花蓮やリーゼは見えたでしょ?」

「……いえ、半分くらいしか見えなかったわ。私が剣を置いていた間に、水樹はさらに強くなったのね。さすがだわ」


 リーゼが感嘆した。


「わたしは見えた。でも、結構ぎりぎりだった」


 花蓮は目で追えたようだ。やはり彼女も動体視力が素晴らしい。


「わたくしはなにも見えませんでしたわ。きんっ、と音がしたと思ったら、対戦相手の腕が落ちていたのでびっくりしてしまいました」


 アリシアだけが全く見えなかったようだが、無理はない。

 むしろ、目で追えるほうがおかしいのだ。


「リーゼは、出産したら鍛え直しだね。サムは、明日から手合わせのときに今まで以上に力を入れるからね。君はスキルと魔法が強力だから総合的にはこの国で一番の実力を持っているのは理解できるんだけど、成長期なんだから伸ばせるだけ体術面を伸ばさなくちゃ駄目だよ」

「精進します」

「ふふふ、頑張ろうね。ねえ、サム、リーゼ、みんな」

「はい?」


 ぐるりと家族の顔を見渡した水樹は、笑顔で告げた。


「僕は君たちと家族になれて幸せだよ」


 そう微笑む水樹は、本当に幸せそうだった。



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