40「水樹様の出番です」①




「さて、次は僕の番だね」


 袴姿の水樹が、腰に刀を差して静かに声を出した。


「水樹様、応援しています。でも、無理はしないでくださいね」

「あはは、サムは心配症だな。僕の実力は知っているだろう」

「ですが、それでも心配なんです」

「うん。ありがとう。誰かにこうやって心配してもらえるのは嬉しいね。でも、大丈夫。勝利をサムに捧げるよ」


 片目を瞑る水樹には余裕があった。

 サムは必要以上に心配するのは水樹の実力を疑うことになるので、「頑張ってください」と言葉を切り替える。

 婚約者の応援の言葉を嬉しく思った水樹は、笑顔を浮かべた。


「水樹、応援しているわ」

「がんばー」

「水樹様、頑張ってくださいませ!」

「なんだかいいね、こうやってみんなに気遣ってもらえるのも。うん、頑張るよ。ステラ様とリーゼを、僕の大切な家族を侮辱した男の恋人なんて、一瞬で片付けてくるよ」


 そう言った水樹は、試合用リングに向かい足を進めた。



 ※



 雨宮水樹は、静かにリングの上で目を閉じていた。

 思い返すのは、ここ最近のことばかりだ。

 サムとの出会い、父とサムの戦い。結果として、父の人質としてサムの婚約者となった。

 しかし、水樹の待遇は決して悪い物ではなかった。

 サムをはじめ、誰もが人質ではなくひとりの婚約者として受け入れてくれた。家族同然に扱ってくれた。

 これが他の家だったら、こうはならなかっただろう。

 水樹は、心からこの巡り合わせに感謝していた。

 それだけに、同じ婚約者であり、家族のリーゼとステラに仇なした葉山勇人と、それに従う女たちを許せなかった。


「お待たせしましたわ」


 水樹に遅れて、ひとりの少女がリングの上に上がってきた。

 パンツルックに、白銀の鎧を身につけた、いかにも育ちの良さそうな騎士風の美少女だった。

 ブロンドの巻髪を伸ばした彼女の容姿は整っているが、プライドが高そうな雰囲気を纏っている。

 そんな少女の手には、装飾の施された鞘に収まった長剣が握られていた。


「聞いたのですが、あなたの父親は剣聖のようね。奇遇なことに、わたくしの父も、オークニー王国では剣聖として名高いのですわ」

「僕の父は元剣聖だよ。今は、道場を切り盛りしている普通のおじさんさ」


 剣聖でなくなった父は、少し気が楽になったようだ。

 剣聖の称号を失ったあとも父を慕い残ってくれた弟子たちを自ら面倒見るようになっていた。

 無論、剣聖ではなくなったが、国のために剣を取ることは今までと変わらない。むしろ、しがらみがなくなったので率先して動けると本人は笑っていた。

 そんな父は、今日この場に観客として試合を見ている。


「そういえばそうでしたわね。剣士でもない魔法使いに、無様に敗北して剣聖の座を下されたとか」

「はぁ、挑発にしてはお粗末だね」

「あら、残念ですわ。噂で聴きましたが、雨宮水樹、あなたは次期剣聖だとか。奇遇なことが続きますね、わたくしこと、レベッカ・アーバンフィールドも、父の後を継ぎ剣聖となる予定ですの」


 自信に満ち溢れたレベッカは、髪をなびかせ堂々と胸を張る。

 対して水樹は、あまり興味がないとばかりに醒めた視線をレベッカに向けていた。


「そうなんだ。それで、なにが言いたいのかな?」

「わたくしとあなたのどちらが強いのか決めるべきなのですわ」

「どちらが強いかなんて意味のないことだよ」

「そんなことはありませんわ。国一番の剣士として剣聖を名乗る以上、他国の剣士にも負けてはいられません。なによりも、勇者様に勝利を捧げたいのです。そうすれば、あの方のご寵愛を独り占めできる!」

「あー、結局そこにたどり着いちゃうんだね」


 水樹は肩を竦める。

 葉山勇人の恋人たちは、どいつもこいつも狂ったように勇者様勇者様と喚いてばかりだ。

 一体、あの少年のどこに、それほどの魅力があるのか水樹にはわからなかった。


「なにが悪いのですか? 愛する殿方からご寵愛をいだたこうとするのは自然のはずですわ」

「あー、まあ、否定はしないよ。でも、僕たちはみんなで家族だから、君たちのようにひとりの男の人を取り合うのはちょっとわからないかなって」

「――まあ、それは気味の悪いことですわね」


 レベッカが嫌悪を込めた表情を浮かべると、水樹は思わず顔をしかめた。



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