39「花蓮様の出番です」②
「へぇ、お前が勇者様に無礼を働いたサミュエル・シャイトの婚約者かよ。あたいは、リンドって言うんだ。同じ、徒手空拳らしいじゃん。どっちが強いかはっきりさせようぜ」
対戦相手――リンドと名乗った少女も、花蓮に負けず戦う気満々だった。
「――わたしが勝つに決まっている」
「はっ、言ってくれるじゃねえか。あたいだって、勇者様と一緒に場数を踏んでいるんだよ! そんな簡単に負けてはやらねえぜ!」
「それはわたしも同じ」
「おいおい、聞いた話だと、お前らは婚約者任せで、ほとんど戦わないらしいじゃないか。みっともねえ、女なら惚れた男の力になるくらいの度量を見せろってんだ」
「惚れている男が他の女に手を出すのを眺めているだけの女よりはまし」
「――勇者様を馬鹿にしてんのかっ!」
「どちらかといえば、お前を侮辱している」
「――このっ、くそ女がっ!」
どうやらリンドは堪え性がないようだ。
自分から吹っかけてきた口喧嘩だったのだが、犬歯剥き出しにして、これ以上の会話が続きそうもない。
「……ふざけやがって、絶対にぶっ殺してやるからな! お前をぶっ殺して、勇者様のご寵愛をいただくんだ! 誰よりもあたいが愛されているって証明してやる! かかってきな!」
花蓮は嘆息した。
(――戦う理由がつまらない女)
「もういいか? そろそろ試合を始めよう」
審判のリュードが間に入り、花蓮とリンドの睨み合いが終わる。
「ん」
「早く始めようぜ、ぶっ殺してやるよ!」
「……では、第二試合を――始め!」
試合開始の合図が響いた。
刹那、花蓮はリングが陥没するほど勢いよく地面を蹴る。
「――なぁ」
花蓮のあまりにもの早さに絶句するリンドを無視して、魔力を最大まで練り上げ身体能力へ変換させていく。
「――身体強化最大」
爆発的に強化された体は、もとより身体能力が高い花蓮の肉体を、十数倍向上させていく。
無論、急激すぎる身体能力の引き上げに、体が悲鳴をあげた。
普通の人間なら耐えることはできないのだが、花蓮は国一番の回復魔法の使い手である宮廷魔法使い第一席紫・木蓮の孫であり、祖母から回復魔法を学んだ回復魔法使いでもある。
悲鳴を上げる全身に回復魔法をかけることで強制的に身体を回復させてしまう。
これにより、大きな負担を無視して、攻撃のために身体能力を最大以上に強化することができた。
無論、長くは続かないが、時間をかけるつもりはなかった。
一瞬でリンドの懐に入り込んだ花蓮が、リングの石畳を踏み抜くと同時に、渾身の力が込められた拳を放った。
花蓮の拳がリンドの胸部を捕らえ、大きく陥没させた。
内臓を潰されたリンドの口から、大量の血が吐き出される。
花蓮は、顔に鮮血が飛んでくるのを気にせず、そのまか拳を勢い任せに振り抜いた。
リンドが弾かれたように吹き飛んでいき、ギュンターが張った結界に激突し、そのまま地面に前のめりに倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
「――ふう」
身体強化魔法を解除した花蓮は、リンドが起き上がるかどうか身構えて眺めていたのだが、リュードが彼女に近づき、首を横に振ってから慌てて救護班を呼ぶ光景を見て、決着がついたとわかると、
「――よわっ」
と、拍子抜けしたように短く言葉を吐き捨てたのだった。
※
「サム、ほめてほめて」
控室に戻ってきた花蓮が、サムに擦り寄ってきたので、頭を撫でてあげることにした。
「あ、はい、お見事でした。ていうか、花蓮様の本気って初めて見ましたよ! 強っ!」
「まだ本気じゃない」
「え?」
「おばあさまがやりすぎるなって言っていたから、セーブした」
「あれで、本気じゃないんですね。うわぁ」
花蓮と何度も手合わせしてきたサムは、彼女の実力を把握できていると思っていたが、それが違うとはっきりわかった試合だった。
しかも、花蓮はまだ本気を出していないと言う。
いったいどれだけの実力を隠しているのだ、と冷や汗が流れた。
「態度は悪かったけど、仮にも勇者の側近を瞬殺だからね。見てごらんよ、オークニー王国側の人たちの苦虫を噛み潰したような顔を、ふふふ、少しはいい試合をすると思っていたんだね」
「勇者の側近だろうと、なかろうと、弱いのは変わりない。むしろ、よく堂々と交流試合に出てこられたと思う」
「僕も同感かな。花蓮の早さに驚くのは勝手だけど、せめて反応するか、胸を潰されても試合続行するくらいの気合いを見せてもらいたかったかな」
「うんうん。根性なしだった」
花蓮と水樹のリンドへの評価はすこぶる悪かった。
もっとも、サムとしても舐めていた相手が想像以上の実力であっさり負けた、という今回の試合の展開はいただけないと思う。
デライトに続いて花蓮も一撃で試合を終えてしまっている。
これでは交流できていない。
「――リーゼ」
「花蓮?」
サムに頭を撫でられてご機嫌な花蓮は、リーゼに向かって親指を立てた。
「リーゼとステラはわたしが守るから」
「――っ、ありがとう、花蓮」
短い一言だったが、親しいリーゼは花蓮の言いたいことをすべて察し、彼女へと抱きついた。
「えへへ」
照れた顔をする花蓮は、見事、友人を侮辱した勇者の恋人を倒したのだった。
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