38「花蓮様の出番です」①




 圧倒的な実力を見せつけて勝利したデライトが戻ってくると、試合を見ていたサムたちは興奮気味に出迎えた。


「デライト様、やりましたね!」

「おう。どうよ、俺の実力は」

「素晴らしかったです。さすが、ウルの師匠ですよ!」

「へへへ、まあな」


 サムの賛辞に、デライトは照れたように笑った。

 そんな彼に娘のフランが近づく。


「お父様」

「おう、フラン」

「久々の勝利の味はいかがですか?」

「悪くねぇ」

「それはよかったです。一緒にダンジョンに潜って苦労した甲斐がありました」

「そう言うなって。ま、みての通りだ。俺はもう、以前の俺とは違う。支えてくれた、お前のおかげだ。――ありがとう」

「――っ、い、いいえ、娘として当然のことをしたまでです」


 父の真っ直ぐな感謝の言葉に、フランは涙ぐんだ。

 父を懸命に支えた娘の努力が報われた瞬間に、居合わせたサムやリーゼたちは、次々とふたりに「おめでとう」と声をかけていく。

 もうこれで、デライトの心配はいらないだろう。

 誰もがそう安心したのだった。


「なんだか照れ臭えなぁ、おっと、俺はもういいって。それよりも、次の対戦相手が待ってるぜ」

「次はわたしの番」


 手をあげて、鼻息を荒くしたのは紫・花蓮だった。


「頑張ってくる」


 そう言って親指を立てる彼女は、普段と違い、誰が見てもわかるほど闘志に満ちていた。


「くれぐれも怪我をしないようにね。あと、やりすぎたら駄目よ」

「花蓮の活躍を期待しているね」

「花蓮様、どうかお気をつけてくださいませ!」

「頑張ってね、花蓮」


 リーゼ、水樹、アリシア、フランが、花蓮にそれぞれ声をかけていく。


「花蓮様、あなたの実力は知っていますが、お気をつけて。勝利を信じています」

「ん。みんなありがと。じゃ、いってきます」



 ※



 舞台に上がった花蓮は、歓声を浴びながらマイペースに腕を回していた。

 彼女はいつも通りの衣服を身につけて、平常運転に見える。

 だが、その腕にはナックルガードがはめられ、戦意に溢れていた。


 花蓮は、表にこそ出さなかったが、内心では怒りを抱いていた。

 花蓮にとって、リーゼとステラ、そしてアリシアと水樹はサムの婚約者という同じ立場であると同時に、大切な友人であり、家族だった。

 マイペースで戦闘狂な花蓮には今まで友人らしい友人がいなかった。

 ひとりではあったが、孤独ではなかった。祖母という最大の理解者がいたおかげだ。

 それでも、年相応に友人を作って、人並みに恋をして――などの「普通」を求めてしまうこともあったが、できなかった。


 そんな花蓮に転機が訪れた。

 祖母の勧めでサミュエル・シャイトという若き魔法使いとお見合いしたことだ。

 祖母は、趣味なのか、それとも自分を気遣ってなのかわからないがよく縁談の話をもってくる。

 その度に、断っていた花蓮は、サムと会い興味を抱いた。

 彼と暮らすようになると、リーゼという友人ができた。はじめての友人だった。

 気づけば、ウォーカー伯爵家に家族として迎えられていて、エリカとアリシアとも親しくなれた。

 そして――サムの想像以上の強さを目の当たりにして、彼に惚れた。

 いや、その前にとっくに惚れていたのかもしれない。


 こうしてサムの婚約者になった花蓮は、改めて同じ立場のリーゼと絆を深めることができた。水樹という友人も増えた。そして、アリシアとステラも、同じ婚約者であると同時に、良き友人となった。

 世間知らずの自分でもわかる。

 普通は、こんなにひとりの男性をめぐる女性たちが仲良くはしない。

 誰が一番、サムの寵愛を得るかで、意地汚く争うものだ。

 しかし、花蓮たちは違った。

 婚約者たちが、みんな大切な友人であり、家族だった。

 なんて心地のいい関係なんだろう、と花蓮は思う。

 同時に、絶対に手放したくない、と初めて強く欲した。


 それだけに、花蓮の怒りは凄まじいものだった。

 よく、胸の内に押さえておくことができる、と自分でも不思議なほどだ。

 異世界人でありオークニー王国の勇者葉山勇人は、花蓮の大切な友人であるリーゼとステラを「一晩貸せ」などと物のように扱おうとした。

 決して許されることではない。

 これから戦う相手は、その不愉快な男の恋人らしい。

 恋人でありながら、葉山勇人が目の前でステラたちに手を出そうとしても平然としていた愚かな女たちのひとりだ。

 言うまでもなく、花蓮が怒りの矛先を向けるのに十分すぎる相手だった。


「――ん」


 リングの上で待っていると、対戦相手が上がってきた。

 よほど自分の実力に自信があるのだろう。

 くすんだ赤毛の少女は堂々とした態度で、胸を張っている。

 腕には花蓮と同じく、ナックルガードをはめ、胸当てをした軽装備だった。

 花蓮は、対戦相手を見つめると、獰猛な獣のごとく唇の端を吊り上げたのだった。



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