43「アリシア様の出番です」②




 メルシーと名付けられた子竜の登場にブレンダは目を見開いた。


「――は? え? ドラゴンとかって嘘でしょ! そんなものを使役なんて、できるはずがないわっ!」


 アリシアはぷくーっと頬を膨らますと、同じく不満そうにしているメルシーと一緒に抗議の声を上げた。


「使役なんてしていませんわ! それに、メルシーちゃんはドラゴンではなく、竜です!」

「きゅるー!」

「もっとありえないから! 竜って、そんな馬鹿なことがあるわけないじゃないのっ! 古今東西、竜を使役できた召喚士なんてひとりもいないのよ!」


 ブレンダの言葉が本当であれば、アリシアは前代未聞のことをしたことになる。

 実際、アリシアは自分で言ったように、使役はしていない。

 ただ仲の良い友達の力を借りている、そんな感じなのだが、それでも前代未聞だ。

 そもそも現代において、竜と心を通わすことのできる人間など早々いないのだ。


「わたくしは召喚士ではありませんが、メルシーちゃんのお力をお借りして、サム様のお力になれるよう頑張って闘いますわ!」

「ぐるるるるるるるるるるうっ」

「待って、待ちなさい、まずいから、竜なんて相手にできるわけがないでしょう! それにほら、そちらの竜だって最初はかわいい鳴き方していたのに、今はとっても恐ろしい鳴き声をして」

「いきますわ!」

「――ぐるぁあああああああああああああああああっ!」

「やめてぇえええええ、こないでぇええええええ! 無理、無理無理、竜に勝てる精霊なんていな――」


 もうブレンダは勇人に勝利を捧げるために戦うことを放棄していた。

 彼女の召喚士としての知識と経験が、目の前にいる少女と子竜には逆立ちしても勝てないと理解していたのだ。

 降参する、と大声を出そうとしたブレンダだったが、腰が抜けてしまい、声も出ずその場に座り込んでしまう。

 そんなブレンダに、アリシアは一切の容赦無く告げた。


「メルシーちゃん、お願いしますわ!」

「きゅるるるるるるうっ――がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!」


 子竜が大きく口を開くと、魔力と火炎が混ざり収束された光線が放たれた。

 その威力は、剣聖雨宮蔵人との戦いでウルリーケの魔力を使って戦ったサムが放った一撃と同等か、それ以上のものだった。

 無論、そんな一撃をただの召喚士であるブレンダが耐えられずはずもなく、彼女は、自身が死ぬ未来を直視し、泡を吹いて気絶した。


 実際、灼熱の光線がブレンダの身を焼くことはなかった。

 アリシアは、あえて誰にも被害が出ないように、子竜に空を狙わせたのだ。

 ギュンターが頑丈に張り巡らせた結界を、まるで紙のように貫通すると、空の彼方まで赤い閃光が飛んでいく。

 一拍遅れて、リングの上を、いや、会場中を攻撃の余波の暴風が吹き荒れる。

 意識のないブレンダは易々と吹き飛ばされてしまい、リングの外へ転がっていった。

 そして、荒れ狂う暴風が治ると、会場は痛いほどの静寂に包まれていた。


「しょ、勝者、アリシア・ウォーカー様」


 審判役のリュードが震える声で宣言するも、観客たちは微動だにしなかった。

 誰もがアリシアと子竜に絶句していたのだ。

 アリシアはサムの婚約者の中でも目立たない少女だった。

 貴族の中には、ウォーカー伯爵家で世話になっているサムにお情けで婚約者に迎えられたと悪意を持って悪く人間もいた。

 アリシアが悪く言われてしまう理由は、王国最強の宮廷魔法使いの妻に相応しくないと思われていたからだ。

 リーゼは、剣聖の弟子であり剣技に優れている。ステラは王女という立場がある。花蓮は宮廷魔法使いの孫であると同時に、本人も回復魔法と体術に長けていた。水樹も剣聖雨宮蔵人の娘であり、次期剣聖になる可能性が高い実力者だ。

 戦闘力や立場がすべてではないが、他の婚約者に比べてアリシアがぱっとしないのは事実だった。

 しかし、この試合で、誰もがアリシアの評価を変えただろう。

 竜に王都を襲われた記憶に新しい、人間にとって、竜を友と呼び力を借りることのできるアリシアがとても恐ろしく見えたはずだ。

 なんてことはない、結局はアリシアもサムにふさわしい女性だった。それだけのことだ。

 誰もがアリシアに怯え、感嘆し、二度と陰口など言わないと心に誓った。


 当の本人だけが、自分のしたことが周囲の目を変えたことに気づかず子竜に抱きついて喜んでいる。

 そんな中、唯一動いた影があった。

 小さく鳴き声を上げて、アリシアとメルシーに近づくのは、ブレンダに使役されていた牡鹿の精霊だった。

 牡鹿の首には、繋がれた鎖がなくなっていた。

 おそらく、子竜の一撃の余波のせいで砕けたのだろう。

 自由を取り戻した牡鹿は、アリシアに近づき感謝を示すように彼女に鼻を擦り付けた。続いて、子竜にも同様の行為をすると、牡鹿は宙を蹴って空に消えていく。

 解放された牡鹿を見送ったアリシアは、鼻息が荒い子竜と一緒にガッツポーズをすると、


「わたくし、やりましたわ!」


 彼女にしては珍しく、興奮気味に大きな声を出したのだった。



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