35「交流試合の始まりです」①




 翌日。

 午前試合当日の、朝早くに王宮からウォーカー伯爵家に手紙が届けられた。

 送り主はクライドだった。

 昨日、遅くまで話し合いが続けられたのだが、アリシアの参加は避けられなかったという。

 一番声を大にしてアリシアの参加を求めたのは、オークニー王国第一婦人だったらしい。

 おそらく、葉山勇人に入れ込んでいる第一婦人は、彼に手を出したサムとその婚約者に恥をかかせることしか考えていないようだ。

 妥協案として、アリシアは御前試合に参加するが、試合開始と同時に降参するようにということになった。

 オークニー王国第一婦人も、サムの婚約者が勇人の恋人に敗北すればそれでいいようだ。


(実にくだらない)


 文句を言いたかったが、クライドから謝罪の文が添えられているので我慢する。


「ま、それが妥当ですね。あんな奴らにアリシア様まで付き合う必要はありませんよ」


 サムは手紙を読み終え、肩を竦めてそう言った。

 御前試合は、完全に葉山勇人がサムに復讐する場と化してしまっている。

 聖女霧島薫子との会話で、おそらく勇人が洗脳か魅了の魔眼を持っている事は把握している。それを使って、王妃をいいように操ったのか、それとも王妃が自発的に勇人に味方したのかまではサムにはわからない。

 どちらにせよ、魅了の影響下にある人間など正気ではないのだ。

 そんな人間を相手に、時間をかけて会議をしてくれたクライドにただただ頭が下がる。


「言っておくけど、僕は試合にでるからね」

「わたしも。やる気はまんまん」


 水樹と花蓮は試合に出る気だった。

 むしろ、サム以上に殺気だっている。

 同じサムの婚約者であるステラに手を出された挙句、身重のリーゼを辱めようとした葉山勇人とその恋人たちを許せないようだ。

 もちろん、サムも同感である。


 花蓮はいつも普段着の中華風ドレスを身に纏い、桃色の髪をアップにまとめているが、その腕には物騒なナックルガードがはめられている。

 まだ試合前なのに物騒だった。

 水樹もすでに胴着姿で、腰に刀を差している。

 拳の素振りをしている花蓮に対し、静かに佇んでいる水樹のほうが怖かった。

 ふたりのやる気は十分すぎるほど伝わってきていた。


 そんな水樹と花蓮の姿に、リーゼも苦笑気味だ。

 自分のことで怒ってくれることは友人として嬉しいのだが、どちらも実力者であるため、御前試合でやりすぎないか心配らしい。

 サムもリーゼも、ジョナサンたちも、水樹と花蓮が負けるとは思っていない。

 葉山勇人の恋人たちの実力を調べられる限り調べたが、ふたりに負ける要素はないと考えていた。


「サム様」

「はい、どうしましたか、アリシア様」

「――わたくしも試合で戦わせてください!」

「えぇえええええええええええええ!?」

「ご心配いりませんわ。わたくしだって、戦えます」

「いや、でも、しかし! いくら御前試合だからといって」

「わたくしもサム様の婚約者としてふさわしいところを見せたいのです」

「ですが」


 御前試合に臨もうとするアリシアに、サムは難色を示した。

 アリシアが戦えるはずがないと思っているのもそうだが、彼女になにかあれば竜の親子が黙っていないからだ。

 もちろん、サムも不必要にアリシアに傷ついてほしくはない。


「サム、いいじゃない」

「……リーゼ様まで、そんなことを」


 以外にも、アリシアの意気込みに賛成を見せたのは、姉のリーゼだった。


「あのね、アリシアはとても優しい子だけど、ウルお姉様と私の妹なのよ。戦えないわけがないじゃない」

「――えっと、どういう意味ですか?」

「お父様から、最低限の戦う手ほどきは受けているわ」

「えっ、そうだったんですか!? いや、でも、相手はそれなりに場数を踏んでいるようですし」


 リーゼがそこまで言うのなら、実際アリシアもそれなりに戦えるのかもしれない。

 子竜の背に乗り、王都の空を翔る姿を思い出せば、意外と身体能力は高いのだとわかる。

 それでも、心優しいアリシアに戦いなどに合わないと勝手に思ってしまうのだ。


(――これは、俺の身勝手な意見なんだけどさ。戦ってほしくないなぁ)


「サム様!」

「はい」


 名を呼ばれ、サムはアリシアを真っ直ぐに見た。

 アリシアは、ただいつも通りに微笑むだけ。

 しかし、はっきりと告げた。


「わたくしを信じてください」


(ったく、そう言われたら、もう返事は決まってるじゃないですか)


「――わかりました、アリシア様を信じます。ですが、くれぐれもお気をつけてくださいね!」

「はい!」


 こうして、御前試合にアリシアの参加が決まった。



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