34「聖女様から忠告です」




 ステラを元気付けたサムは、王宮内をひとり歩いていた。

 すでに婚約者たちは一足先に帰宅している。

 早く帰宅して、明日に備えようと、少し足取りを早くして中庭に差し掛かったとき、


「――あ、どうも」

「どうも、こんばんは」


 隣国の聖女であり、異世界人の霧島薫子と遭遇してしまった。


(――しまった。まさかこの子と出会すなんて。葉山勇人があれだったけど、この子はどんな子なんだろう?)


 少し警戒していると、最初に動いたのは薫子だった。

 彼女はサムに向かって頭を下げる。


「あの馬鹿がごめんなさい」

「あ、いえ、顔をあげてください。あなたが謝る必要なんてありませんよ、聖女殿」

「でも、同じ国の出身なんです。親しくはないですけど、異世界人があんな奴だと思われたくなくて」

「彼は彼、あなたはあなたですよ」


 どうやら薫子とは勇人とは違うようだ。

 内心、ほっとした。


「ところで聖女殿は、どうしてこんなところに?」

「えっと、部屋に戻るところです。シャイト様は気に入らないかも知れませんが、葉山勇人の治療をしていました」

「構いませんよ。それがあなたのお仕事ですから」

「――そう言っていただけると助かります」


 申し訳なさそうな顔をする薫子に、サムは気にしていないと微笑んで見せた。

 なにも日本人がみんな葉山勇人のような人間だとは思っていない。

 そもそもサムも元日本人だ。

 向こうで暮らしていた記憶もありが、勇人のような人間は探してもなかなか見つからないだろう。


「彼はどうしていますか?」

「…………えっと、あの、あー」

「聖女殿?」

「そのですね、恋人たちと」

「あー、はい、わかりました。それは失礼しました。まあ、彼もそれだけ元気があればいいんでしょう。明日が楽しみです」


 お盛んなことだ、と思う。

 あれだけ痛い目に遭わせたのに、その日の内に恋人たちと、隣国の王宮ないで交わることのできる精神力に、いっそ感心さえしてしまう。


「あの、本当に勇人と戦うつもりですか?」

「もちろんです。売られた喧嘩は買いますよ。今回は絶対に引けません」


 ジョナサンは、喧嘩を売るな、喧嘩を買うなと言っていたが、葉山勇人の言動を耳にしたのなら苦言することはないだろう。

 むしろ、やってしまえ、と言ってくれるはずだ。

 サムも、揉め事は起こしたくなかったが、ステラとリーゼをああも侮辱されて引くことなどできるわけがない。


「言っておきますが、あいつの性格はクズですが、強さは本物です。私も、あいつの強さをこの目で見ています」

「……でしょうね」


 別に勇人が弱いとは思っていない。

 大陸最強を名乗るほどの実力があるかと問われれば疑問は残るが、それでも国をあげて英雄だの勇者だのもてはやされているのだから、それなりの力はあるのだと考えている。


「こんなことを言うのは、オークニー王国でお世話になっている人間として正しくないのかも知れませんけど、葉山勇人には気をつけてください」

「それはもちろんです」

「いいえ、わかっていません。私が言っているのは、あいつの異常性です」

「異常、ですか?」


(あの男に異常なところなんて……まあ、性格とか言動は異常だったけど)


 いまいち、不安を浮かべる薫子の言う異常性がわからず、首を傾げる。

 そんなサムに、薫子は驚くべきことを告げた。


「おそらく、あいつには洗脳か魅了のスキルがあるはずです」

「――うっそぉ」

「多分、目です。目になにか仕組みがあるんだと思います。それを使って、周りの女の人たちを操っているんだと思うんです」

「魅了の魔眼か……噂話でそんなものがあるって聞いたことがあったけど、本当に持っている奴がいるなんて。しかも、異世界人とか、笑えないでしょこれ。でも、教えてくれていいんですか?」


 サムの疑問に、薫子ははっきりと頷いた。

 サムは内心絶句しそうだった。

 女性をたらしこんでいると聞いていたので、魅了でもできるんじゃないかと冗談で思っていたのだ。

 まさか異世界人が本当に魅了を持ってこの世界にいるなんて、予想外だ。

 予想外であるが、サムの落ち度である。

 言い訳にはなるが、あのように二カ国の要人が集まるパーティーで婚約者のいる王女に堂々と手を出そうとするとは思いもしなかったというのもある。

 手の早い男だとは聞いていたが、最低限の常識があると思っていたのだ。

 もし、事前に魅了を持っていることと、勇人の性格を把握していたら、たとえ祖母が面会を望もうと婚約者を置いて会いに行くことはなかっただろう。


「あんな男と一緒にされたくないから。それに、もし王女様たちが望まずあいつの女にされているのなら、解放してあげたいんです。でも、私にはその方法がわからないし、力もない」

「それで、俺にですか。でも、どうしよう。戦うだけで魅了から解放できると思わないけど――いや、まて、あの野郎、ステラ様を魅了しようとしてちょっかいかけてたのか?」


 間違いなく葉山勇人は、ステラに魅了をかけようとしていたのだ。


(俺はなんて馬鹿野郎だっ、一瞬でも怪しいと思ったのならとことん疑えよ! 大切な人から目を離すなよっ!)


 ステラが魅了の餌食になることなんて考えることさえできない。

 そうなったら、きっとサムは自制できず勇人の首を刎ねているだろう。

 だが、そうはならなかった。


「あれ? でも、待ってくださいよ、ステラ様はあいつの誘いをきっぱり断っていたんだけど」

「私の推測だけど、強い意志や、心から愛する人がいるのなら、魅了を弾くことができるんだと思います。少なくとも、あいつの魅了は必ずじゃない」

「……なるほど。対抗策がないわけじゃないのか、でもこれは策とは言えないな。もしかして、男も魅了できるのかな?」

「わからないけど、あいつの性格上、男を魅了したりはしないと思います」

「ですよね。でも、ありがとう、これで警戒して明日戦える」


 まさか勇人がそんなスキルを持っている可能性があるとは思わなかった。

 だが、事前に聞いていた勇人が誰構わず女性に手を出していることも聞いていたので、そんな厄介なスキルを持っていたとしても不思議ではない。

 むしろ、あんな言動をするような人間が、スキルなしでモテるとは思わないので、魅了していると聞けば納得できる。


「あの、私が忠告したことは」

「もちろん、あなたから聞いたとは他言しません。伝えるのに勇気が必要だったでしょう。ありがとうございます」

「いいえ、少しでも力になることができればと思っただけです。それに、あいつのこと大嫌いですから」

「俺もあの男が大嫌いですよ」


 そう言って、ふたりは笑った。

 笑いながらサムは静かに怒っていた。

 薫子の話が事実であれば、勇人は女性をもの扱いしていることとなる。

 今も、愛し合っているのではなく、欲望のはけ口として彼女たちを使っているのと変わらない。

 そんな男に、ステラが魅了されかけていたという事実は、ひっそりと握りしめた拳から血が流れるほど許せないことだった。


(――目か、わかればこっちのものだ。覚悟しておけ、葉山勇人)



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