29「勇者は馬鹿のようです」③




「あん?」


 聖女によって顎を治療された勇人が、憎悪を込めた目でサムを睨んだ。


「明日の試合で僕と決闘しろ!」

「――貴様、俺は黙っていろと言ったんだぞっ!」


 血を拭いながら、震える声で虚勢を張るように大きな声をあげる悠人に、ヴァイクが怒鳴った。


「ひぃっ、だ、だけど、このままだとオークニー王国が舐められます!」

「貴様のせいだろう!」


 反省もなにもしていたいどころか、ついにはオークニー王国をだしにまでする勇人の言動に、ヴァイクのこめかみが引きつった。


「いいぞ」

「――サム様!?」

「サム、ちょっとあなた!」


 ヴァイク国王がさらに怒声を響かせようとするよりも早く、サムが返事をした。


「決闘だろ、受けて立つよ。かかってこい」


 にやり、と勇人の唇が歪んだ。

 どうやらちゃんと戦えば勝てる自信があるようだ。

 しかし、サムだって、勇人のような婚約者のいる女性に手を出した挙句、一晩貸せなどと言うような人間に負けるつもりはない。


「ひ、ひひひひ、覚悟しろよ。! 婚約者たちの前で恥をかかせてやる!」

「――もう黙っていろっ、我が国の恥さらしが!」


 ごんっ、と音を立てて、ヴァイク国王の拳が勇人を沈黙させた。

 意識を失った少年に女性たちが群がっていく。

 王女であるディーラが、父王に文句を言おうとするも、鋭い眼光で人睨みされ口を閉じた。


「重ね重ね申し訳ない。だが、いちいちこ奴の言うことを真に受ける必要などない。それに、このようなことを言うのは失礼にあたるかもしれぬが、このような愚か者でも王国で、いや、大陸で最強の実力を持っているのだ。なにも戦わずとも」


 謝罪しつつも決闘を拒むように助言するヴァイクに、サムは首を横に振った。


「お気遣いには感謝しますが、相手が強いからといって大切な人を侮辱されたことを許すつもりはありません。ヴァイク国王様にも謝罪していただく必要もありません。すべての責任は、葉山勇人にとってもらいます」

「……まさか、君は」

「ええ、喜んで決闘を受けましょう」


 不敵な笑みを浮かべるサムに、ヴァイクは呆けてしまった。

 勇人が大陸最強と聞いても、腰が引けるどころか、意気揚々と戦うつもりなことに感心さえしてしまった。

 こんな人材が自分の国にいれば、と思わずにはいられない。

 ヴァイクは心底クライドが羨ましくなった。


 その後、気を失った勇人は女性たちによって控え室に運ばれていった。

 サムたちも、揉め事に関わってしまった以上、この場に止まるのをよしとせず、同じく控室に消えた。

 クライドとヴァイクは、事の一件を目撃したパーティーの参加者へ、謝罪し、葉山勇人が酒に悪酔いしてしまったためと説明をした。

 無論、それで納得するほど参加者たちは馬鹿ではないが、国王陛下の面子と、隣国との関係のため、そういことにしておくことにした。


 その後もパーティーは続き、ダンス、食事と進んでいく。

 しかし、参加者たちの話題は常にサムと勇人だった。


 サムの評価はそう悪いものではなかった。

 魅力的な婚約者がいて羨ましいという声が一番だったが、隣国の英雄に絡まれたステラとリーゼのために怒りを露わにしたのは概ね好感だった。

 暴力的な解決に眉を潜める者もいたが、それでも悪く言う声は少なかった。

 なによりも、参加者の興味を引いたのが、ギュンターの「妻」宣言だ。

 もともとギュンターがサムの婚約者のひとりだと言われていたが、このような公の場で、しかも公衆の面前で、あれほどはっきり言ったのだ。もう間違い無いだろうと、誰もが確信していた。


 一方で、葉山勇人の評判はすこぶる悪い。

 サムとは違い、婚約者ではなく恋人を複数人連れている彼の第一印象はあまりいいものではなかった。

 若くして女性たちとけじめをつけた関係になっているサムに対し、勇人の恋人は両手の指でも数えられないほどだという。

 人妻や婚約者がいる女性にも平気で手を出す噂も、スカイ王国側にも伝わっていた。

 そんな勇人が、かつていろいろ悪い噂を立てられていたとはいえ、スカイ王国第一王女のステラに不敬を働いたのだ。

 あろうことか、ステラと、そして王家とも親しいウォーカー伯爵家の次女リーゼに、一夜の相手の要求するのは前代未聞だった。

 そういう事例がまったくないとは言わないが、少なくとも婚約者が決まっている、それも王族がすることではない。

 さらに勇人は、スカイ王国最強の宮廷魔法使いに堂々と婚約者を貸して奉仕させろと言い放ったのだ。

 正気か、と誰もが思った。

 元宮廷魔法使いであり、スカイ王国最強の座にいたアルバート・フレイジュとの決闘を思い出した者は、勇人が容赦無く真っ二つされるとさえ思ったらしい。


 そんなこんなでスカイ王国側からすれば、いい話題のネタだった。

 しかし、オークニー王国側からすればたまったものではない。

 ひとりの、しかも異世界人の暴走で大いに恥をかいた挙句、国王までが謝罪することになってしまったのだ。

 強さは認めているが、人格を認められていない勇人の評判は、今まで以上に大きく下がることとなる。


 両国の参加者は、こんなことが起きた翌日の交流試合がどうなるやら、と不安と期待に包まれるのだった。



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