30「怒られました」
「――サム、なにを考えているの!」
「ごめんなさい。あの場でちゃんと殺しておくべきでしたね」
「そんなことは言ってないでしょう! 怒っているのはそこじゃないのだけど!」
控え室に移動したサムは、さっそくリーゼに叱られていた。
もちろん、リーゼだって叱りたくて叱っているわけではない。
自分たちのことを大切に思ってくれているのも痛いほど伝わったし、婚約者として嬉しい気持ちはある。
だが、年長者として、彼の今後を考えて、叱るときはちゃんと叱っておかなければならないと思ったのだ。
「サム、あなたは王都を訪れたばかりのサミュエル・シャイトじゃないのよ。今は、スカイ王国最強の宮廷魔法使いなのだから、もっとふさわしい対応をしないといけないわ」
「そうです、サム様! わたくしたちのためにお怒りになってくださったのは重々承知していますが、決闘なんて!」
リーゼに続き、苦言を呈するステラも、自分に原因があると思っているのか、表情が暗い。
「サムが相手をするほどの人間じゃないわ。ああいう輩は、相手にした方が負けなのよ」
「しかし、あのくそガキは、よりにもよって、ステラ様とリーゼ様を――っ」
思い出しただけで怒りが沸沸と湧いてくる。
今からでも、相手の控え室に乗り込んで八つ裂きにしたい衝動に駆られる。
それをしないのは、花蓮と水樹がサムが部屋を出て行かないように扉を背にして見張っているからだ。
さすがのサムも、花蓮と水樹と一戦交えてまで葉山勇人をどうこうするわけにはいかないため、奥歯を噛み締めて我慢するしかなかった。
「まあ、落ち着きたまえ。気が付いているかい? 君は怒りのせいで魔力が漏れているよ。君の強すぎる魔力は胎教によいものではないはずだ、収めたまえ」
「――っ」
ギュンターの指摘を受け、サムは血の気が引いた。
慌てて魔力を抑えると、最愛の人の様子を伺う。
「申し訳ありません、リーゼ様。ご体調は?」
「別に問題ないから心配しないで。それよりも、いいわね、サム。決闘しないと陛下に伝えてきなさい。仮にも勇者などと言われている相手とあなたが戦った方が胎教に悪いわ」
「大丈夫です、勝ちますよ」
「そこは不安じゃないのよ! 交流試合で、サムが相手を真っ二つにしてしまうことを恐れているのよ!」
うんうん、と、部屋の中にいるステラ、アリシア、花蓮、水樹、ギュンターも同意するように頷いた。
「あははははは、そこは、ほら、向こうが売ってきた喧嘩なので――安心して殺せますね」
「……やっぱり物騒なことを考えていたのね」
やる気満々のサムに、リーゼが天を仰いだ。
「あ、あの、サム様、仮にも交流試合なのですから、いくらあのようなお相手でも亡き者にしてしまうのは問題になると思うのですが」
「そこは事故ってことですませちゃいましょう」
「駄目ですわ! サム様がお父様に怒られちゃいます!」
少々ズレたことを言っているが、アリシアもサムが葉山勇人を亡き者にしようと企んでいることには反対のようだ。
花蓮と水樹も、口を挟まないが同じ意見だと言わんばかりに、同意するよう頷いている。
「あのね、サム、私たちのために怒ってくれているのは本当に嬉しいのよ。でも、あなたの立場が悪くなってしまう可能性もあるのだから、お願い」
「…………わかりました」
リーゼの懇願に近いもの言いに、サムは渋々と首を縦に振った。
安堵する一同。
しかし、サムは、表情を一変させて、悪者のように笑った。
「生きていればいいんですよね、生きていれば――大丈夫です、殺しはしませんよ、殺しはね」
あ、駄目だ、とリーゼたちはサムの説得を失敗したことを悟った。
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