28「勇者は馬鹿のようです」②




「んふぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」


 顔を血で真っ赤に染めた異世界人が、王宮広間の絨毯の上をのたうちまわる。

 血飛沫を撒き散らしながら、反射的に砕けた顎を抑えようとして、しかし、強烈な痛みに触れることもできず、ただ喚き散らすだけ。

 そんな葉山勇人をサムは、冷たく見下ろしていた。


 サミュエル・シャイトは温厚な少年だが、一度でも敵と認識したものにはとことん冷酷になれる。

 相手が隣国の主賓だろうと、勇者と呼ばれる異世界人だろうと関係ない。

 自分の大切な人に危害を加えようとする者に、一切の容赦をしない。


 先ほどと打って変わり、能面のように無表情となったサムが、勇人に尋ねる。


「――今、なんて言った?」


 無論、顎が砕かれ痛みにもがき苦しむ勇人が返事などできるはずがない。

 が、サムは、返答がなかったことを不満に思ったのか、少年の腹部を力一杯蹴り上げた。


「ステラ様とリーゼ様に、なにをさせろって言った? ああっ!?」


 血とよだれを吐きながら咳き込む勇人の足を踏みつけ、そのまま力を入れる。


「ぎゃあぁあああああああああああああああああああっ!?」


 足をへし折られた勇人が、二度目となる絶叫を上げた。


「うるさいんだけど。それよりも俺の質問に答えろよ。俺の大切なステラ様とリーゼ様をなんだって?」


 足一本では怒りが治らなかったサムが、もう一本の足もへし折った。


「ぎゃぁああああああああああああああっ、もうっ、やめ、やめぇえええええええええええ!」

「ふざけんなよ、お前。俺の大切な人たちを貸せだって? もの扱いしやがって、この場で殺してやるよ!」

「や、やめへ」


 誰もが動けなかった。

 サムが突然暴れ出したからではない。

 彼の濃密な殺気と魔力に、観衆たちが身を硬らせてしまい微動だにできないのだ。


 助けがない中、勇人は芋虫のように床を這いずって逃げようとする。

 そんな彼の背を踏みつけ、サムは右腕を掲げた。


「――キリサク」

「やめいっ!」


 いざまさにスキルを発動して、同郷の少年をサムが斬り殺さんとしたとき、鋭く大きな声が広間に響いた。

 サムの手が止まる。


「――国王様」


 視線を声の元に向けると、そこには険しい顔をしたクライド・アイル・スカイ国王陛下と隣国国王ヴァイク・オークニー陛下がいた。

 静寂の中、ふたりがこちらへ近づいてくる。


「サムよ、なにがあった?」

「……こいつが、ステラ様とリーゼ様を一晩貸せなどとふざけたことを言ったので、自殺願望があるのかと思い叶えて差し上げようかと。少しお待ちください、すぐ終わらせますので。お話はそれから伺います」

「待て、サム」


 再び手を掲げたサムに、クライドが待ったをかけた。

 サムは不満そうな顔をするが、一応は手を止める。


「なぜ止めるんです? ステラ様が、リーゼ様が、侮辱されたんです!」

「わかっている。だが、待つのだ。殺すな」

「しかし」

「サムっ!」

「……はい」


 サムは渋々クライドに従うことにした。

 だが、腹の虫がおさまらないので、勇人の腹をもう一度蹴っておく。


「……サム」

「すみません、つい」

「……もうよい、その少年から離れよ」

「わかりました」


 サムが数歩、勇人から離れると、両腕にステラとリーゼが抱きついてくる。

 花蓮と水樹、そしてアリシアもサムに寄り添うように、無言で傍にきてくれた。

 ギュンターも婚約者たちの中にしれっと混ざろうとしていたが、花蓮が蹴り飛ばしていた。

 そんな家族の姿を見て、サムは落ち着きを取り戻していった。


「さて、ヴァイク殿、これはいかがなことか? そなたの国の英雄が、余の娘を一晩貸せなどと蛮族のようなことを申してきたようだ。そなたたちは大切な来賓であり、国をあげて歓迎したいが、娘を差し出すような接待をするつもりはない」

「――大変申し訳ない」


 ヴァイク・オークニーは、言い訳など一切せず、公の場であるにもかかわらず、頭を下げて謝罪した。

 これにはサムの暴れっぷりに硬直していた観衆たちも、息を飲むほど驚いた。


「クライド殿、サミュエル・シャイト殿、そしてステラ王女殿下、リーゼロッテ殿に、心からお詫び申し上げる」

「陛下!」

「このような場所で謝罪など!」


 深々と腰を折って謝罪するヴァイクに、臣下たちが止めようとするが、彼は謝罪をやめなかった。


「この者は異世界人であり、英雄であるゆえに、我が国で甘やかしすぎた。その結果がこれだ。迷惑をかけた方々に、この者に代わりお詫び申し上げる。だが、一度でよい、一度でよいので、今回は命を奪わず見逃して欲しい。無論、処罰はする。勇者の称号を剥奪し、今後、公の場に出さないと約束するゆえに、どうか命だけは」

「――父上! それでは勇人様があまりも! もう罰なら受けています! そもそも夜のお相手をするなどと光栄なお誘いを断る方がおかしいのです!」


 サムの殺気に当てられて気絶していたオークニー王国王女ディーラが、この場を治めようと頭を下げてまで謝罪する父王にあろうことか異を唱えた。

 両国の人間が天を仰ぐ。


 せっかく一国の王が、公の場で誠意を持って謝罪したのだ。そのことを落とし所として、葉山勇人のしでかした失態と、サムの大暴れに終止符を打てるはずだった。

 しかし、ディーラの発言のせいで、話が続いてしまいそうになる。

 無論、ヴァイクがそれを良しとするわけがない。

 誰がどう見ても、悪いのは勇人である。

 あろうことか、一国の王女と、友好国の重要人物の子を孕っている女性を一晩貸せなど、古の暴君くらいしか口にしない。

 日本というのは、それほどに常識のない国なのか、と呆れさえした。


「――黙っていろ。俺をこれ以上、怒らせるな」

「しかし!」

「俺は黙っていろと言ったんだっ!」


 空気がビリビリとするほどの怒声が響き渡った。


「――ひ」


 父王の怒号に、王女がすくみ上がり口を閉じた。

 ヴァイクは再び謝罪することとなる。

 今度は、サムの目を見てから、もう一度頭を下げた。


「娘が申し訳ない。葉山勇人に入れ込むようになってから、どこかに常識を捨ててしまったようだ」

「お顔をお上げください」


 サムは婚約者たちに囲まれながら、落ち着きのある声を出した。

 ヴァイクが顔を上げる。

 サムは彼に、あなたが謝るべきことではない、と言おうとするが、


「――僕と決闘しろ!」


 どこまでも不愉快な声が、遮ったのだった。



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