11「衣装選びです」




 ジョナサンから異世界人の存在を聞いた翌日。

 サムは婚約者たちのドレス選びに同席していた。

 オークニー王国との交流会を数日後に控えていて、リーゼたちはサムの婚約者として交流会に参加するためドレスを用意することになったのだ。

 当初、リーゼたちは今まで使っていたドレスがあるから、と遠慮していたのだが、スカイ王国最強の魔法使いの婚約者として交流会に出席する以上、サムの婚約者としてふさわしい身なりをするということで、ドレスを新調することとなった。


「ねえ、サム。このドレスはどうかしら?」

「よくお似合いですよ、リーゼ様」


 まだお腹が目立っていないリーゼは相変わらずスタイルがいい。

 体のラインが出る、すらりとした白くタイトなドレスを試着したリーゼがサムに微笑む。


「あら、ありがとう。ふふふ、まさかサムの婚約者として国の催しに参加するなんて思わなかったわ」

「ですよねぇ。俺も宮廷魔法使いとして参加する日が来るなんて思っていませんでした」


 自由気ままに旅をしていた頃が懐かしい。


「うーん、これに決めちゃおうかしら。サムったら、他のドレスを見せても似合っているしか言ってくれないから困るわ」

「ですが、どれも似合っているのは事実なので」

「あら、上手ね」


 実際、リーゼはどのドレスもよく似合っていた。

 背が高めで、スタイルはすらりとしていて、胸部は控えめだが、全体的のバランスはとてもいい。

 剣士であり体を鍛えていたこともあって、無駄な贅肉がまったくないのだ。

 そんなリーゼが白いドレスを身に纏えば、花のように美しい。


「サムはどれが好き?」

「えっと、今、着用なさっているのが一番好みです」

「なら、これにするわ」

「えっ? そんな簡単に決めちゃっていいんですか?」

「ふふふっ、だって、私はサムに一番ドレスを見てもらいたいのだもの。サムが好みなものがいいに決まっているじゃない」

「その、ありがとうございます。きれいですよ、リーゼ様」

「ありがとう」


 サムとリーゼは微笑みあった。

 リーゼは、試着を手伝っていた仕立て屋にドレスを決めたことを伝えると、衣装を脱ぐため、仕切りの向こう側に消えた。

 そんなサムに近づく影がある。


「サム。どう?」


 言葉短く尋ねてきたのは、花蓮だった。

 彼女は、豪華な刺繍をあしらった中華風のドレスを身につけている。

 腰の下まで入った深いスリットから、彼女の鍛えられたしなやかな脚が露出し、なんとも言えない色気がある。


「花蓮様にとてもよく似合っていますよ」

「……サムは、足に視線が釘付け」

「……男の子なので、ごめんなさい」

「ん、気にしないで。それに、悪い気はしない」


 そう言って、スリットからこれでもかと健康的な脚を見せつけてくる。

 サムは、花蓮の足から目を離せず、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「サム、僕も、見てほしいかな」

「……水樹。いいところだったのに」

「あははは、ごめんね。でも、僕だって婚約者に衣装を見てもらいたいんだよ。でも、ちょっと恥ずかしいけどね。こうやって誰かに着飾った姿を見せたことなんてなかったから……どうかな?」


 花模様なあしらわれた着物を身につけた水樹は、日の国の血を引いているため、よく似合っていた。

 元日本人のサムにとって、前世の故郷を懐かしむことができる水樹の姿に身惚れてしまう。

 彼女の黒髪と、落ち着きのある印象を与える着物がよく合っていた。


「水樹様は日の国のご衣装ですね、とてもお似合いです」

「あ、ありがとう。真っ直ぐに褒められると、ちょっと照れちゃうね」


 サムの賛辞の言葉に、水樹が頬を赤く染めて喜んだ。

 水樹の素直な反応に、サムも頬が熱くなるのを感じる。


「サム様! わたくしのドレスはいかがでしょうか?」


 最後に、積極的に声をかけてくれたのはアリシアだった。

 普段は控えめなアリシアではあるが、ここぞというときにはこうして積極的だった。

 そんなアリシアのドレスは、姉と同じく白いドレスだ。

 姉が体のラインを出すタイトなドレスに対し、アリシアが身につけているドレスは、スカートの部分がゆったりと膨らんだものだった。

 ふんわりとした印象を与えてくれるドレスが、柔らかな雰囲気を持つアリシアにとてもよく似合っている。


「とても素敵です」

「まぁまぁ、サム様にそう言っていただけて嬉しいですわ! わたくしもこちらのドレスにしますわ!」


 はにかんだアリシアが、そのまま姉と同じく仕切りの向こう側に小走りで駆けていく。

 しばらくして、リーゼと一緒に、ワンピース姿で出てくると、花蓮と水樹を伴い、今度は小物を選び始めた。


「これは、今年の新作かしら」

「うん。こういうの好き」

「僕は髪飾りがいいかな」

「わたくしは、どうしましょう。たくさん素敵なものがあって選べませんわ」


 小物選びに夢中になっている婚約者たちをサムは笑顔を浮かべて眺めている。

 どこの世界でも女性たちは流行に敏感だ。

 ここスカイ王国では、青を身につけることができる者は王族と、王家に近しい公爵、そして王家に認められた者だけだ。

 サムなどは王家に認められた宮廷魔法使いなので、青いコートを支給されている。これは、式典などでも着用することを前提で作られているので、交流会も着飾るつもりはなく、いつも通り青いコートと黒いスーツで挑むつもりだ。


 青を身につけていけないというルールはないが、暗黙のルールで青は王族の色とされているため、貴族の子女からは憧れの色とされている。

 ドレスなどを青くすることはできないが、小物なので青を身につけることを、昔から女性たちのお洒落のひとつとして長く受け継がれている。

 サムには難しいのだが、小物ひとつでもいろいろルールがあるらしく、青色の小物を身につける数や、青の濃さにも決まりがあるらしい。

 爵位が上の侯爵なら、濃い青を身につけることができ、数にも決まりがないそうだが、伯爵家になると色は青でいいものの、数にかぎりがあったりするらしい。

 男爵などは、青というよりも水色の小物を身につけることしかできないそうだ。


 法律で決まっているわけではないが、女性の世界のルールは男性が思っている以上に厳しく恐ろしい。

 少しでもルールを破れば、陰口を叩かれたり、ときには意地の悪い女性から小言を言われたりと大変のようだ。

 できる範囲の中で、最大限のお洒落をする。それがスカイ王国の女性たちだった。


「じゃあ、次はサムの番ね」

「え?」

「サム様もお洋服を仕立てましょう」

「えっと、俺はいつも通りの格好で出ようと思っているですが」


 いつの間にか女性たちの小物選びは終了したようだ。

 続いて婚約者たちはサムの洋服を選ぼうとする。


「あのね、サム。僕たちよりも、サムのほうが注目されるんだよ。仮にも、スカイ王国最強の魔法使いなんだから、オークニー王国側だって放っておかないと思うよ」

「……パーティーとかたくさん話しかけられると思う」

「そんなぁ」


 水樹と花蓮の指摘にサムが肩を落とした。

 今までパーティーとかには縁がなく生きてきたので、華やかな催しが少々煩わしく思えてしまうのだ。

 交流会の一環としてパーティーがあることは承知しているし、婚約者を伴って出席することも仕事なので受け入れている。だが、注目されたいわけではない。


「おそらくあちらの主要な方々からお声をかけられると思うわ。そのときサムが普段と変わらない格好だと、あなた自身もだけど、私たち婚約者も恥をかいてしまうわ」

「わたくしたちばかりいい格好をしている……などと言われかねませんわ」

「そう言われましても、俺は着飾りたくないんですが」

「あら、別に着飾る必要なんてないわよ。ただ、今までよりいい生地でスーツを仕立ててもらいましょう」

「お色はいかがしましょう?」

「サムは王族。いっそ青を着せるのもいいかもしれない」

「うーん。でも、まだはっきり王族だというつもりはないみたいだから、それは避けておいた方がいいんじゃないかな」


 サムを置いてきぼりにして女性たちが盛り上がる。

 結局、サムは、普段着用しているものの数段いい生地を使って、スーツを仕立てることになった。

 仕立て屋から受け取った請求書を見て、立ちくらみを覚えたが、婚約者たちが喜んでいるなら、と少々引きつった笑顔で支払いを済ませたのだった。



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