10「異世界人がいるそうです」②




 サムは己の耳を疑った。


(聞き違いじゃなければ、旦那様は今――異世界人って言ったよね? いるの?)


 ――異世界人。

 つまりこの世界の人間ではない人間だ。

 サムのように転生した人間ではなく、召喚かなんらかの事故で世界の壁を越えて転移してくる存在だ。

 真偽はさておき、何十年も前に活躍した勇者も異世界人だったという話が残っている。

 そんな異世界人が、ここ何ヶ月でオークニー王国に現れ、その国で最強の魔法使いになっているのなら、実に興味深い。

 異世界人には何らかの強い力が宿っている場合があると聞く。もしかすると、その転移特典の力のようなもので最強に至ったのだろうか。


「さらに驚くべきことに、異世界人はふたりいる」

「……ふたりもいるんですか?」

「ひとりは話に出した少年葉山勇人。十代半ばの少年であり、魔法使いとしての才能が優れながら、剣士としての才覚もあるようだ。オークニー王国では魔法剣士と扱われているが、一部では勇者とも言われているらしい」

「勇者って、本当にいるんですか?」

「わからん。あくまでも彼の周囲が言っているだけのようだが、実力は折り紙付きのようだ」


 異世界転移に勇者とくると、なかなか手強い相手のような気がする。

 どんな人物か不明だが、興味は尽きない。


「ただし、性格には難があるそうだ。よく揉め事を起こす人間らしい。少し調べさせたのだが、独自の正義感を持っているようで、それが騎士や魔法使いと衝突するようだ」

「あー、いますね。そういう人って」

「国の最高戦力であり、一応命令は聞いているようだが、ときには自己判断で物事を進めてしまう癖があるそうだ。今のところ、大きな問題に発展してはいないが、こちらが調べた限りだと独善的でひとりよがりの人間だ」


(異世界に来てチートがあって調子の乗っちゃったのかな?)


「もうひとりも十代半ばの少女ながら、回復魔法に長けており、ここ半年で多くの人を助けたことから聖女と呼ばれている。名は、霧島薫子と言い、彼女と葉山勇人は地球という世界の日本という国から来たそうだ」


(やっぱり日本人か。名前を聞いてもしや、と思ったけど。十代半ばってことは、高校生くらいかな?)


 高校生が異世界に転移したなど小説や漫画の中だけの出来事だと思っていた。

 そういうサムも異世界転生を経験しているので人のことは言えない。


「えっと、そもそも異世界人はどうやってこちらの世界に来たんですか?」


 異世界人がこちらの世界にいるのは別にいいのだが、どのような理由でやってきたのか気になった。

 その問いの答えは、ジョナサンがくれた。


「オークニー王国では、ここ数年、モンスターの脅威にさらされていた。スカイ王国から戦力を派遣したこともあった。だが、解決しなかったのだ。モンスターの数が多すぎた。そんな時刻を憂いた王女殿が異世界から勇者を召喚したそうだ」

「うわぁーお」


 典型的な異世界召喚だった。


「勇者かどうかわからないが、結果としてふたりの異世界人が召喚されたのだ」

「そもそも、どうしてオークニー王国の王女様が異世界人召喚なんてできたんでしょうか?」


 各地を転々としていたサムも、そのような魔法は知らない。

 王家に伝わる技術かもしれないと考える。


「残念ながら不明だ。ただ、陛下は憂いている。異世界人をそう頻繁に呼ばれてしまえば困るのだ。異世界人たちが強力な力を持っているのなら、各国のパワーバランスも崩れてしまう恐れがある」

「ですよねぇ」

「異世界人は不思議なことに、大きない力を持っている場合が多い。ふたりのその例に漏れず、強力な力を持っている。サムの実力を疑っているわけではなく、むしろ、よく知っているからこそ、異世界人と揉め事を起こして欲しくないのだ。大事になってしまうと困る」

「えーっと、善処します」

「頼むから自重してほしい」

「あははははは、そんな心配しなくても大丈夫ですって」


 サムも自分から問題を起こすつもりはない。

 自分のせいでジョナサンが胃薬を多用していることも知っているので、彼の胃の負担にならないよう心がけるつもりだ。


「使節団には、聖女と呼ばれる少女も同行するそうだ。スカイ王国には木蓮殿がいるゆえ、聖女を特別視するほどでもないが、木蓮殿に負けず劣らずの使い手だと聞いている」


 おそらく、オークニー王国は自分たちが手に入れた人材を披露したいのだろう。

 ゆえに、異世界人ふたりを隠しもせず連れてくるのだと思う。


「木蓮様レベルって、相当ですね」

「戦う手段はないそうだが、回復魔法は群を抜いて優れているそうだ。これは、有益な情報かどうか不明だが、異世界人ふたりの仲は最悪らしい」

「同じ異世界人で仲良くできていないんですねぇ」

「というよりも、葉山勇人に問題があるため霧島薫子が嫌っていると聞いている」

「どんな問題ですか?」

「女性問題だ。葉山勇人は、その、極度の女好きのようで、恋人がいようと人妻だろうと手当たり次第に手を出すらしい。無論、快く思わない人間のほうが多く、咎める声もあるのだが、本人は知らん顔だ。不可解なことに、手を出された女性たちが、まるで信者のように彼にのめり込んでいるらしい」


(うわー、なんかすごい子だな。まさかとは思うけど、魅了スキルとか持ってないよね?)


 地球だろうと異世界だろうと、浮気は浮気だし、不貞を働くような人間はまともではない。


「陛下は、スカイ王国で葉山勇人が好き勝手することを望んでいない。無論、使節団の人間が他国で無作法をするとは思わないが、相手は異世界人だ。こちらの常識が通用しない場合もある。私たちとしては、揉め事は起こしたくないが、警戒せずにはいられないのだよ――だから、サムもくれぐれも問題を起こさないように、頼む、本当に頼むぞ!」

「わ、わかりました」


 サムはジョナサンの剣幕に押されて、頷くしかない。

 しかし、彼は、大陸最強を名乗る異世界人に興味津々だった。



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