9「異世界人がいるそうです」①




 一日を終えて婚約者たちと寝る前の談笑をしていたサムは、メイドからジョナサンが呼んでいると伝えられ、婚約者たちに断りを入れると、ジョナサンの執務室へ足を運んだ。


「お呼びですか旦那様」

「夜更けに呼んでしまいすまないな。寝ていたかな?」

「いいえ、リーゼ様たちと少しお話をしていたところです」

「なら、尚更すまないことをした。婚約者との時間は大切だ。結婚前ならば特に、だ。悪かったな」


 謝罪してくれるジョナサンに気にしていないとサムは首を振る。


「お気になさらないでください。なにか大事な用事だと思いましたので。リーゼ様たちも気にしていません」

「そう言ってもらえると助かる。サム、宮廷魔法使いの仕事だ」

「戦いですか?」

「いや、違う。落ち着きなさい。オークニー王国を知っているか?」

「えっと、スカイ王国の北側に面した隣国ですよね。以前、少し立ち寄ったことはありましたが、長居はしませんでした」


 オークニー王国は、三百年ほど前に大陸北部の海を拠点としていた海賊たちの末裔が南下して興した国だ。

 サムも聞き齧った程度でしかないが、確か、海賊内で派閥争いをした挙句、周辺の国を巻き込んでかなり血生臭い争いをしたらしい。

 海賊たちも、国々の思惑に利用されたようで、海と陸が赤く染まるほど多くの死傷者を出した戦争が行われたという。

 オークニー王国の初代国王となった人物は、そんな終わりのない戦いに嫌気が差して故郷の海を捨てる決断をした人物だ。

 海を捨て、陸に上がり、傭兵団を築き揚げ、疲弊していた一国を乗っ取り、できたのがオークニー王国だ。

 ちなみに、北部での戦争は二十年ほど続き、海賊団も、周りの国も揃って共倒れしたらしい。


「先ほど、王宮から連絡があったばかりなのだが、そのオークニー王国の使節団がスカイ王国に来ることとなった」

「それはまた急な話ですね」

「ナジャリアの民の被害に遭っている国でもあるので、今後の対策の会議を行う。という名目で、訪れる。また、年に一度ほどだが、お互いの国の魔法使いや騎士を戦わせることもしているので、そちらも行われることとなっている」

「なるほど。つまり、その戦いに俺が出ればいいんですね」

「いや、違う」

「あ、あれ?」


 拍子抜けしてしまった。

 話の流れから決闘に出て、宮廷魔法使いとして力を見せつけろと言われるものだとばかり思っていた。


「決闘という体裁を取っているが、御前試合。サムのスキルで相手を真っ二つ、では困るのだよ」

「あははははは、嫌だなぁ。俺だって戦う相手を全て切り捨てるつもりはありませんって」

「……そうであることを願う。御前試合は、サムもよく知る人物がでることになっている」

「まさかギュンターですか?」

「いや、違う。ギュンターもギュンターで、いざ攻撃をすると殺傷能力が高いので試合向きではない。試合に出るのは、デライト・シナトラ殿だ」

「デライト様ですか!?」


 サムは驚きのあまり、夜中ということを忘れつい大きな声を出してしまった。

 ジョナサンが予想していたのか苦笑する。


「デライト殿は、陛下からの直々の要請を受けて宮廷魔法使いに復帰される」

「それはそれは。フラン様もお喜びでしょう」

「そうだろうな。フランチェスカは、デライトどの秘書として働くそうだ」

「初耳でした」

「最近決まったことであったし、デライト殿は宮廷魔法使い復帰を受け入れたことから、しばらくダンジョンで修行することとなった。最低でも、アルバート・フレイジュよりも強くならなければ、復帰などできないとおっしゃった。そして、彼は王都に戻ってきている」

「つまり、アルバートよりも強くなったんですね」


 アルバート・フレイジュは、サムの前に王国最強の座にいた魔法使いだ。

 そのアルバートの前に、王国最強だったのがデライト・シナトラだった。

 デライトはアルバートに敗北した挙句、屈辱を味合わされた。結果、酒浸りになってしまったのだが、サムとの出会いによって立ち直った。

 サムがアルバートと決闘する前は稽古もつけてくれるような、面倒見のいい人でもある。

 そして、サムが敬愛するウルリーケ・シャイト・ウォーカーの師匠でもあった魔法使いだった。


 先日邂逅したナジャリアの民ヤールの言葉が本当なら、アルバートは売国奴であり、その魔法の実力も、ヤールが作り出した魔剣によって増幅されていたものらしい。

 実際の実力は大したことがないのだろう。

 実際戦ってみたサムだからこそそう思う。

 デライトもあくまでも火力で負けてしまっただけであり、技術面や、実際の命の奪い合いならばアルバートよりも上だっただろう。

 だが、デライトが負けたのは事実だ。彼は酒に逃げてしまったが、言い訳はしなかった。

 そんなデライトが、かつてのアルバートを越えるためダンジョンで修行し、戻ってきたというのなら、負けていた火力を同等かそれ以上のものにしたのだと思われる。

 もともと最強の座にいた魔法使いが、更なる力をつけて復帰するというのは、王国にとって大きな戦力となるということだ。


「だが、もしかすると……サムの出番があるかもしれないと考えている」

「どうしてですか?」


 実力をつけて宮廷魔法使いに復帰したデライト・シナトラがいながら、ジョナサンの表情は決して明るくなかった。


「聞いたことはないか? ここ半年ほどで、オークニー王国もスカイ王国同様に最強の魔法使いが入れ替わった」

「初耳です」

「なんでもサムよりも少し年上の少年らしいが、その実力ははかり知れぬという。私も聞いた話でしかないのだが、複数の国の代表と手合わせし、完膚なきまで叩きのめしたという。あまり言いたくないのだが、その人物こそ大陸最強の魔法使いらしい」

「――へぇ」


 思わず、唇が吊り上ってしまった。

 サムは世界最強の魔法使いを目指している。

 王国最強の魔法使いとなってから、その上の魔法使いがいないため停滞していた目標であったが、オークニー王国の魔法使いが大陸最強なら話が早い。


(復帰したばかりのデライト様には悪いけど、その魔法使いは俺がもらおう)


「ああ、その顔だ。その顔が何か企んでいる時のウルにそっくりだ! そんなところまで似てしまうものなのか? もうサムが何をしでかすか予想が簡単にできてしまう! 頼むから喧嘩を売るなよ! 喧嘩を売られても買うなよ!」

「……嫌だなぁ。俺がそんなことをするわけがないじゃないですか」

「そっぽを向いていないで私の目を見てそう言ってくれ!」


 はぁぁぁ、と盛大にジョナサンが嘆息する。


「頼むから揉め事はやめてくれ。相手の素性が素性なので、揉めると困るのだよ」

「もしかして王族とかですか?」

「いや違う。私にも真偽はわからぬのだが――異世界人らしい」

「――は?」



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