12「灼熱竜が帰ってきました」
ウォーカー伯爵家の中庭でサムはひとり魔力を巡らせて体調を整えていた。
普段なら、ここで花蓮や水樹と手合わせし、そんな光景をリーゼとアリシア、そして子竜たちが眺めているのが最近の伯爵家の日常だった。
だが、今日は寂しくひとりだ。
その理由は、リーゼたちがウエディングドレスを仕立てるために王都にある王家御用達のお店に足を運んでいるためだ。
以前からウェディングドレスのためにお店に足を運んでいて、そろそろ完成するらしい。
ただ、サムは直前まで見ることができないため、一緒に店にいくことはできないでいた。
(みんなのドレス似合っているんだろうなぁ)
先日、オークニー王国との交流会用のドレスを用立てた時、婚約者たちはそれぞれの魅力を十分すぎるほど映えさせたドレスを身につけ、とても美しく、かわいらしかった。
それがウェディングドレスとなれば、どうなるのだろうか。サムには想像もできない。
結婚式までの楽しみにしておくのは承知しているが、ひとりの男として愛する人たちの素敵な姿を早くみたいと気持ちが落ち着かない。
おかげで訓練に身が入らず、最低限体調を整えておこうとしていたのだ。
「――ん?」
サムが、中庭であぐらをかいていると、強い魔力の接近と翼を羽ばたかせる音が聞こえた。
背後を振り返ると、そこには見知った女性が立っていた。
「おお、灼熱竜じゃん」
「久しいな、サムよ」
地面につきそうなほど長い黒髪を翻し、中華風を思わせる衣装を身に纏った美しい女性がサムを見て笑顔を作る。
そんな彼女の本性は人間を超越する存在である竜であり、ウォーカー伯爵家で生活している子竜たちの母親であった。
彼女は、スカイ王家から与えられた山を住処とできるか確認するために屋敷を出ていったのだが、戻ってくるまでにずいぶんと時間がかかっていた。
「久しぶり、っていうか、子供を置いて何日留守にしているんだよ」
「それはすまなかったと思っている。だが、こちらにも理由があったのだ」
「理由? もしかして、王国からもらった土地に何か問題でもあったの?」
「いや、土地は素晴らしいものだったぞ。手付かずの自然、湧水、身を隠すことのできる洞窟もあった。人の姿で生活したいのであれば、住まいも立ててくれるという申し出も受けている。至れつくせりだ」
「で、それのなにが気に入らないんだ?」
「そうではない。王国に不満などない。問題があるのは我が夫だ!」
「――夫?」
そういえば、灼熱竜に夫がいたことを思い出す。
「子供たちの父親だ。せっかく安心して住める場所を手に入れたのだ、夫も呼んで家族みんなで暮らそうと思っていたのだが――あ奴め、若い竜と浮気しておった!」
轟っ、と灼熱竜が吠えた。
大気が震え、サムの全身が総毛立つ。
「どうどう、落ち着きなって。あんたが怒り狂ったら屋敷が壊れちゃうだろ」
「――っ、すまぬ。つい、な。なかなか冷静ではいられぬのだよ」
「まあ、気持ちがわからなくもないけどさ」
「おのれ、若いだけの竜にどのような魅力があるというのだ! 強くもなく、竜らしいのは存在感と体格の大きさだけではないか。夫も夫だ! 仮にも次期竜王候補という身分でありながら、あのような若いだけが取り柄のような竜に鼻の下をだらしなく伸ばしおって! いい加減愛想が尽きたわ! サム!」
「は、はい」
「酒を持て! 飲まずしてやっていられるか!」
「ほどほどにね」
(旦那さん次期竜王候補なんだ。それにしてもストレスたまってるなぁ)
竜もいろいろ大変だと思う。
というか、浮気で怒るなど実に人間臭い。
「おっと、その前に子供たちに会わねば。子供たちは元気にしているか?」
「もちろん、元気さ」
「子供たちも不憫なものだ。あのようなろくでなしが父親とは……将来不良になってしまうだろう」
「え、縁起でもない」
あのかわいらしい子竜たちがグレてしまうところを想像したくない。
というか、下手に荒ぶるようになったら脅威でしかない。
このままかわいらしく成長してほしいと心から思うのだった。
「リーゼやアリシアを呼べ。酒盛りだ!」
「みんな出かけてるよ。あ、でも、帰宅してもリーゼ様はお酒ダメだから、そこだけは気をつけて」
「なぜだ?」
「妊娠中だからだよ」
「――ほう」
にやり、と灼熱竜が笑顔を作る。
「そなたの子を身篭ったのか。うむうむ、いいことだ。子供はよいぞ、日々を潤してくれる」
「そうだといいな」
「そういえば、妾が知らぬ魔力の残滓が屋敷に残っているな。ふたりほど、誰か住人が増えたのか?」
「そんなこともわかるんだ?」
「わかるとも、竜ゆえにな」
「花蓮様と水樹様という方が、この間から一緒に生活しています」
「誰だそれは?」
「えっと、俺の新しい婚約者さんです」
サムが返答した刹那、灼熱竜の右腕が伸び首を掴んだ。
「ぐへっ」
そのまま持ち上げられてしまう。
宙吊りとなったサムが、苦しいと彼女の腕を叩く。
「他の雌に手を出すくらいなら、なぜアリシアに手を出してやらぬのだ! あれほど器量の良い子はおらぬだろうに!」
「あ、アリシア様とも婚約しましたっ!」
首を掴んでいた灼熱竜の手から力が抜け、サムは解放され、地面に尻餅をついた。
軽く咳き込み、深呼吸して呼吸を整える。
「あのねぇ、いきなりやめてよ」
「ふん」
「そういうところが嫌で旦那さんが浮気したんじゃないの」
「――そう、なのか?」
「いや、知らないけどさ」
「どっちだ!」
少々暴力的なところがあるのは竜だからか、それとも灼熱竜の性格ゆえか。
「まあいい。だが、アリシアの恋心が実ったことはいいことだ。あの娘は良い子だ。不幸にしたら、この国を更地に変えてやるので心しておけ」
「幸せにできるように、精一杯努力するつもりだよ」
「ならばよし。うむ、では自棄酒を変更して、アリシアの婚約とリーゼの懐妊、そして新たなサムの婚約者たちを祝うとしよう!」
「ほどほどに頼むよ」
「任せておけ!」
灼熱竜は、子供たちと会い、風呂で疲れと汚れを落としてさっぱりすると、帰ってきた婚約者たちを捕まえて中庭で酒盛りを始めてしまった。
いつの間にか、ジョナサンやグレイス、ギュンターとクリーも集まってきて、賑わっていく。
サムはまだ成人していないのでお酒は口にしなかった。あと数ヶ月後が楽しみだ。
酒盛りや夜遅くまで続き、楽しい時間は延々と続いた。
こんな楽しい時間がもっと続けばいい、そんなことを思いながら、サムは冷たいお茶を口にするのだった。
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