7「妹と会いました」③




 クラリスのおかげで、サムとメラニーの間にあった緊張を含んだ空気が和らいでいた。

 その後、クラリスを交えた茶会は賑やかとなり、彼女が中心となって話が進んでいく。

 最初こそ、サムやリーゼたちに親げにするクラリスに苦い顔をしていたメラニーだったが、少しずつその表情が柔らかなものへと変化していった。


 クラリスは、兄や姉がほしかったらしく、興奮しながら積極的に話しかけてくれた。

 とくに、サムのことは知っていたらしく、有名人が兄だったことを素直に喜んでいて、学校で自慢すると鼻息を荒くしている。


 そんなクラリスと多くのことを話し、気づけばサムたちが本当の兄妹として距離を近づけていると、あっという間に時間が過ぎ去っていた。

 気づけば、時刻は夕方となり、そろそろティーリング子爵家を後にする時が訪れてしまった。


 もちろん、兄とその婚約者たちとしたしくなれた少女が、帰宅するサムたちに不満を露わにしたのは言うまでもない。

 頬を膨らませて拗ねてしまったクラリスに、メラニーとスティーブンが困った顔をしてしまう。

 サムはそんなクラリスと再会の約束をすることで、彼女のご機嫌を少しだけ取り戻すことに成功した。


「また会いにきてくれる?」


 上目遣いで、尋ねてくる少女にサムは笑顔を向ける。


「もちろんだよ。でも、今度はクラリスが遊びにきてほしいかな」

「うん! 絶対だよ!」


 抱きついてくるクラリスに、サムも優しく抱きしめる。

 サムに抱き抱えられたまま、少女は一時の別れを受け入れてリーゼたちに手を振った。


「お姉ちゃんたちもまたね」

「今度は私が家で待っているわ。たくさんのお菓子を用意しておくから、いつでもきてね」

「次は、体を動かして遊ぼう」

「そうだね。お茶会もいいけど、体を使って遊びたいね」

「機会がありましたら、わたくしのおすすめの本をご紹介しますわ。楽しみになさっていてくださいね」


 リーゼ、花蓮、水樹、アリシアが、クラリスに挨拶をしていく。

 少女は四人の姉と再会を信じて頷いた。

 サムは、腕の中の少女を、ティーリング子爵へ渡す。


「サミュエル様、本日は御足労どうもありがとうございました」

「ティーリング子爵。どうか、俺のことはサムをお呼びください」

「それは、しかし」

「クラリスは妹です。ならば、彼女のお父上のあなたも俺にとっては家族です。迷惑でなければ、ですが」


 サムの言葉を受け、子爵は頷いた。


「いいえ、迷惑など、そんなことはありません。では、サム殿。今後もクラリスと仲良くしてあげてください」

「もちろんです」

「いつでも屋敷に遊びにきてください。家族と言ってくださったあなたたちを、当家は歓迎します」

「ありがとうございます」

「そして、私になにかお力になれることがあれば、なんなりと申し付けください。いつでも、サム殿のお力になるとお約束します」

「――感謝します」


 サムはスティーブンと硬く握手を交わした。

 そして、最後にメラニーに顔を向ける。

 メラニーは、リーゼたちとちょうど挨拶をし終えたところだった。

 彼女は、最後までまっすぐサムのことを見ようとしなあった。

 負い目があるせいなのだろうが、このまま帰っていいものかと悩む。


(ここで帰るのは簡単だけど、それじゃあ違う気がする――痛っ)


 どうしたものかと悩んだサムに頭痛が走った。

 痛みを感じた次の瞬間、気づけば勝手に口から言葉が放たれていた。


「またお会いしましょう――お母さん」

「――っ、私を、私を母と呼んでくれるのですか?」


(ああ、そっか、俺が母親と呼ばなかったから、負い目が消えなかったのかな。俺のせいだったんだな)


 初めて母と目があった。

 いや、違う、思えばちゃんと母の顔を見た気がする。


「ご迷惑でなければ、お母さんと呼ばせてください」

「……ですが、私はあなたを」

「その、あなたと呼ぶのはやめてください。俺には、お母さんが与えてくれた名前があります」

「――サム」

「はい」

「サム!」


 初めて息子の名を呼んだメラニーが、感極まって涙を流しながらサムを抱きしめた。

 サムも、母の体を抱きしめ、その温もりを覚える。


「またお会いしましょう。今度はもっと、お互いのことをちゃんと話しましょう」

「ええ、ええ」

「お母さんが生きていて良かったです。どうか幸せに」


 こうして、サムは母と一歩距離を縮めることができたのだった。



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