6「妹と会いました」②




 少女は、ぱっちりと大きな瞳が印象に残る、メラニーと同じ黒髪を持つ可愛らしい少女だった。

 サムが笑顔を浮かべて少女に手を振ってみると、はっとして引っ込んでしまう。が、しばらくすると、また顔を出してこちらを伺ってくる。

 そんな少女のかわいらしい仕草に、サムだけではなく、リーゼたちも目尻を緩めてしまう。


「ふふふ、先ほどから私たちにもああなのよ」

「小動物みたいでかわいい」

「ちょっと警戒しているのかな?」

「どこかサム様にも似ていますわ」


 婚約者たちにも少女は興味を示しているようだが、近づいてはきてくれないようだ。


「娘のクラリスです。人見知りなのですが、サミュエル様たちには興味があるようでして」

「おいくつですか?」

「九歳になります」

「へぇ。かわいい子ですね」

「ありがとうございます」


 クラリスの登場に、一同が笑顔になってしまう。

 それはサムだけではなくメラニーも同じだった。


「おいで、クラリス」


 スティーブンが手招きをすると、少女が不安そうな顔をして近づいてくる。

 そして、なぜか父親のもとには行かず、サムの傍で足を止めた。


「えっと、こんにちは」

「こ、こんにちは」


 サムは、はじめて血の繋がりのある妹と顔を合わせた。

 クラリスは、メラニーの黒髪と雰囲気を、ティーリング子爵の端正な顔立ちをそろって受け継いでいた。

 成長すれば、さぞ美人になるだろう、なんてことお考えてしまった。


「あ、あの」

「うん?」


 少女が恐る恐るサムに問いかけた。


「あなたは、クラリスのお兄ちゃんですか?」


 もじもじしながら尋ねてくる少女は実にかわいらしい。

 サムが笑顔を深め、頷こうとすると――それよりも早くメラニーが硬い声音で娘の名を呼んだ。


「クラリス! サミュエル様に失礼でしょう!」


 メラニーの叱る声に、クラリスがびくっと体を跳ねさせてしまう。

 少女の目元に涙が溜まっていく。


「で、でも、ママの子供なら、クラリスのお兄ちゃんだって」

「誰がそんなことを言ったのか知りませんが、そんな失礼なことを言ってはいけません」

「……でも」

「クラリス!」

「お兄ちゃんだよ」

「――え?」


 自分を兄と呼ぶクラリスが叱られているのを見かねたサムが、椅子から立ち上がりクラリスと視線を合わせて微笑んだ。


「――サミュエル様、しかし」

「いいんです。実際、俺はこの子と兄妹じゃないですか」

「ですが」


 クラリスがサムを兄と呼ぶことに、躊躇いを見せるメラニー。

 サムはそんなメラニーに笑って、平気だという。

 実際、クラリスはサムの妹だ。

 今まで、かわいくない弟しかいなかったサムには、小動物のようにかわいらしいクラリスが妹なら嬉しいと思えてならない。


「はじまして。俺は、サミュエル・シャイト。親しい人たちは、サムと呼んでくれるんだ。ぜひ、クラリスにもサムと呼んでほしいな」

「じゃ、じゃあじゃあ、サムお兄ちゃんって呼んでもいい?」

「もちろんだよ」

「やったぁ!」


 クラリスの表情が、花が咲くような笑顔となる。

 サムもリーゼたちも、母に窘められて暗い顔をしてしまった少女に笑顔が戻ったことにほっとする。


「ねえ、クラリス。だっこしてもいいかな?」

「うん!」


 サムは、快諾してくれた少女を抱き抱える。

 クラリスの体は軽く、まるで羽のようだった。

 彼女は最初の警戒心が嘘だったように、サムの体にしっかりと腕を回し抱きついてくる。


「えへへっ、お兄ちゃんができて嬉しいな」

「俺もだよ。兄妹がいなかったからね。こんなかわいい妹ができてくれるなんて、とても嬉しいよ」


 初めてできた兄妹に、サムの目尻が緩んでしまう。


「ねえねえ、サムお兄ちゃんって結婚するんでしょう?」

「うん。こちらにいる人たちが俺の大切な婚約者だよ」


 クラリスの興味は、サムの結婚のようだ。

 サムがリーゼたちに顔を向けると、クラリスの瞳が輝く。

 すると、待っていたとばかりにリーゼたちが自己紹介を始めた。


「リーゼロッテ・ウォーカーよ。リーゼと呼んでね、クラリス」

「紫・花蓮。よろー」

「雨宮水樹だよ。よろしくね、クラリスちゃん」

「アリシア・ウォーカーですわ。まぁまぁ、クラリスちゃんのようなかわいい妹がいてサム様が羨ましいですわ」


 自己紹介を終えた四人に、クラリスが憧れるような瞳を向けている。

 おそらく、まだ幼いクラリスにとってリーゼたちはとても素敵なお姉さんに見えるのだろう。

 実際、素敵なのは間違いないが、少女にとってはきっと理想の存在なのだろう。


「うわぁ、綺麗な人ばかりだね。あ、あの、お姉ちゃんって呼んでもいいですか?」

「く、クラリス! あまり失礼なことばかり言っては」

「構いませんわ。あまりご心配なさらないでください」


 再び、失礼になるのではないかと慌てるメラニーにリーゼが笑顔で応じる。

 彼女たちにとっても、クラリスはサムの妹だ。であれば、自分たちにとっても妹になると、考えてくれるようだ。


「ふふふ、クラリスはサムのかわいい妹だもの。私たちにとっても、大切な妹よ」

「うん。クラリスはかわいい妹」

「妹のことみと友達になってくれたら嬉しいな」

「うふふ、元気いっぱいでかわいいですわ。クラリスちゃんのような妹ができて、わたくし幸せですわ」


 兄の婚約者に歓迎されたクラリスは、満足そうな顔をすると、笑顔を作った。


「よろしくね、お姉ちゃん!」



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