5「妹と会いました」①




(ぎこちないなぁ……これじゃあ、母と息子じゃなくて、赤の他人同士だよね)


 あまりいい対応ができていると思えない。

 サムもサムだが、メラニーも負い目のせいか、サムの名前を呼ぶときに「サミュエル様」と他人行儀に呼ぶのだ。

 この場を誰かが見たら、子爵夫人が伯爵を相手にしている。くらいにしか見えないだろう。

 とてもじゃないが、ふたりが血の繋がりがある親子だと思うものはいないはずだ。


 サムとしては、負い目などもたずに接して欲しいと思っている。

 だが、サム側にも問題がある。

 サムはあくまでも気さくに接しているのだが、メラニーを呼ぶとき「あなた」や「メラニー様」と呼び、母と呼ぶことをしていない。

 だからだろうか、メラニーもサムを息子と呼べないのだ。


(困った。どうしよう。このままだと親子以前の問題な気がする)


 一応、サムとしてはメラニーとうまくやっていきたいと思っている。

 母親との記憶はないし、メラニーを母親だと認識することも難しい。それでも、自分を産んでくれた母なのだ。

 このままメラニーとよい関係を築けないままお別れをしてしまうのはよくないと思っているし、なんとかしないといけないとも考える。

 メラニーは罪悪感や負い目を払拭できないだろうし、婚約者たちもサムとメラニーの関係が修復できなかったと知れば悲しむだろう。


(さて、どうしようかな)


 サムだって死んだと思っていた母親が生きていたのだから、どう接していいのかわからないのだ。

 そもそも今までサムは母親という存在を必要としていなかった。

 母親代わりのダフネがいてくれたので、母を恋しく思うこともなかったし、なにも不都合はなかった。

 ダフネのサムへの愛情は本物であり、母同然だったからだ。


(なにか話題でもないかな?)


 サムが頭を悩ませている間も、メラニーは沈黙を保っている。

 もっと彼女はサムに聞きたいことなどがないのだろうか、と疑問に思う。

 何をしていたのか、魔法使いとしては、どうか、など聞くことはいっぱいあるはずだ。

 そういう意味では、サムもメラニーの今までのことや、新しい家族のことなどを聞くことがあるのだが、遠慮してしまって口にしていない。

 良くも悪くも、お互いに遠慮してしまっているのだ。


 サムが腕を組み、悩んでいると、部屋の扉がノックされる音がする。


「メラニー様、サム、リーゼロッテです」

「リーゼ様?」

「どうぞ、お入りください、リーゼロッテ様」


 メラニーが入室を促すと、優しげな笑みを浮かべたリーゼが部屋の中に入ってきて、礼をした。


「ありがとうございます。サム、メラニー様、ティーリング子爵様とお話ししたのですが、場所を移しませんか?」

「えっと?」

「おふたりで話をしたほうがいいと思っていたのですが、あまり会話が弾んでいないのではないかと心配になってしまったのです。お節介でしょうが、気分を変えてテラスでお茶などいかがでしょうか?」

「俺は構いませんが」


 メラニーを見ると、彼女も頷いた。


「私も構いません」

「ありがとうございます。ティーリング子爵様もサムに改めてご挨拶したいとおっしゃっていましたわ。では、いきましょう」


 リーゼに促されて、サムたちは屋敷の二階にあるテラスに移動した。


「サミュエル・シャイト様。先ほどご挨拶をさせていただきましたが、改めまして、私がスティーブン・ティーリングです。この国一番の魔法使いであるサミュエル様とお会いできることに、心から感謝申し上げます」

「サミュエル・シャイトです。よろしくお願いします」


 スティーブン・ティーリングは、メラニーと同じくらいの年齢の男性だった。

 亜麻色の髪を後ろに流している、清潔感のある男性だ。

 微笑を浮かべている子爵を見て、優しそうな人だとサムは思う。

 いや、実際優しい人なのだろう。

 記憶を失い行き倒れていたメラニーを保護し、彼女と愛を育み子供もいる。

 身元のわからなかったメラニーを受け入れることの度量も感心する。

 少なくとも貴族の多くが、ティーリング子爵のようなことをしないだろう。

 せいぜい側室、もしくは愛人程度で関係を止めておくはずだ。しかし、子爵はメラニーを正室とし、側室や愛人もいない。それだけメラニーのことを愛しているのだとわかる。


「ぜひ娘も紹介したいのですが――少々人見知りなところがありまして、ご挨拶もさせずに申し訳ございません」

「いいえ、いきなり複数人で押しかけてしまいましたので、無理もないかと思います」

「そう言っていただけると助かります」


 思い返せば、子爵家を訪れた際、多くの人たちにで迎えられたが、その中に彼の娘らしき子はいなかった。

 どんな子なのだろうか、と血の繋がったまだ見ぬ妹を想う。

 すると、


「――ん?」


 視線を背中に感じる。

 そっと振り返ってみると、窓の向こう側からこちらを見ている幼い少女がいた。



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