45「襲撃です」①
ジム・ロバートは、ウォーカー伯爵夫人グレイスと、次女リーゼ、そして三女であり幼なじみであるアリシアに挨拶を終えて、晴々とした顔で伯爵家を後にしようとしていた。
唯一、残念だったのは、サムの婚約者の紫・花蓮と雨宮水樹がそれぞれ所用で不在のため、挨拶ができなかったことだ。
わざわざ見送りに玄関まで足を運んでくれたウォーカー伯爵家の人たちに、改めてジムは頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました。改めて、両親とまたご挨拶に」
別れ際、繰り返し謝罪をしてしまうジムに、グレイスが優しく微笑みかける。
「いいのですよ。あなたはわたくしにとって息子も同然です。いつでも遊びにきてくださいね」
「おば様……感謝致します」
アリシアとは縁がなかったが、ジムはグレイスの大切な友人の息子だ。
縁談が白紙になったからといって、関係までが切れるわけではない。
それは、幼なじみのアリシアも同様だ。
「ジム、またお会いしましょう」
「そうだな、アリシア。また会おう。今度は幼なじみとして、よき友人として」
「ええ。お待ちしていますわ」
ふたりは笑顔を浮かべ、自然と握手を交わした。
ジムはアリシアの手の温もりをしっかりと覚えると、名残惜しい素振りは見せず手をそっと離した。
「では、失礼しま――っ」
別れの挨拶をしようとしたジムが言葉に詰まった。
全身が総毛立つ悪寒を覚え、弾かれるように振り返る。
「ジム?」
「どうかしたのかしら?」
「気のせいじゃない……なんだ、この嫌な気配は」
アリシアとリーゼが心配そうに尋ねるも、ジムは返事をしない。
呟きながら開かれた玄関から外を覗くと、伯爵家の門の前に人影があった。
ひとつは少年と思われる影であり、もうひとつは女性と思われる影だ。
そして、人影の足元には、伯爵家の門番がふたり血を流して流れているのが確認できた。
「――っ、なんて、こと!?」
「いやぁああああああああああああああああっ!」
リーゼが絶句し、アリシアが悲鳴をあげて母に抱きついた。
刹那、アリシアたちを守るように宙から子竜たちが舞い降り、唸り声をあげる。
「ぐるぅううううううううううううううっ」
アリシアたちが聞いたことのない敵意剥き出しの声を出し、子竜たちもジムと同じように何者かを睨みつけた。
一瞬、子竜たちが現れたことで、反射的に体を跳ねさせたジムだったが、彼は、振り返らずそっとアリシアたちに声をかける。
「おば様、アリシア、リーゼ様、どうか屋敷に中に」
暴漢が現れたことは間違いない。
誰がどのような目的のために、ウォーカー伯爵家を襲ったのか不明だが、すべきことは決まっている。
ジムは、女性たちを庇うように、前に出た。
単純な実力であれば、剣技に優れたリーゼの方が数段上だ。
しかし、彼女は身重で戦うことができない。
ならばジムが前に立つしかない。
これでも魔法学校で上位の成績を収め、実戦経験もある。強盗なのであればふたりくらい返り討ちにできる実力があると自負している。
なによりも、ジムには引けない理由がある。アリシアがいるのだ。
サムが不在であるからこそ、ジムの出番だった。
「――貴様たち、誰だ?」
ジムが威圧を込めて声をかけると、ブロンド髪の肥満の少年と、少年に面影が似ている女性が無遠慮に敷地の中に入ってくる。
「ここをウォーカー伯爵家と知っての狼藉か? おそらく親子だろうが、そろって犯罪とは恐れ入る。しかし、主人が不在の屋敷に貴様たちのような暴漢を入れるわけにはいかない。お引き取り願おう」
ここで去ってくれればそれでいい。
襲撃者を野放しにしてしまうことは悔やまれるが、この場で戦わないならそれでかまわない。
あとで騎士団に追ってもらえばいいし、なによりも負傷者の治療をしたい。
「……ジム、気をつけて」
「ああ、わかっている。ところで、君の友人の子竜たちは戦うことができるのか?」
万が一他に仲間がいたら事である。
ジムは戦力として子竜を求めた。
子供とはいえ、仮にも竜だ。人間など相手なるまいと考えたのだ。
「え、ええ、でも」
「でも?」
「まだ子供のこの子たちは、手加減ができないのです。最悪の場合、王都を破壊してしまう可能性が」
「――さすが竜だ。ならば、ここでアリシアたちを守ることに徹してもらおう。暴漢の相手は僕がする。君たちは決して、子竜たちの背後から出ないでほしい」
「でも」
「散々、みっともない姿を見せてきたんだ。せめていい格好をさせてほしい」
振り返らず肩を竦めて見せると、背後でアリシアが頷いたのがわかった。
「ジム、無理をしないでくださいね」
「わかっている」
「ジム……ごめんなさい。せめて他に誰かいればよかったのに」
「リーゼ様、悪いのはあの襲撃者たちです。あなたは身重なのですから、くれぐれも剣を握ることがないようにお願いします」
「……わかったわ。無理をしないでね、ジム」
「承知しました」
アリシアに続き、リーゼが謝罪するも彼女が謝る理由などない。
悪いのはすべて襲撃者だ。
「夫とサムが来てくれるはずです。無茶をしないように」
「おば様、はい、わかりました」
グレイスからも心配の声をかけられたジムは、大きく深呼吸すると暴漢たちに数歩近づいていく。
少なくともアリシアたちは子竜が守っているので、万が一になことは起きないはずだ。ただ、王都の方が心配なのが問題だが、ようはジムが襲撃者を後ろに通さなければいいのだ。
こうして誰かを守るために戦うのは初めてだ。ゆえに緊張が隠せないが、それを襲撃者に悟られては困る。
必死に冷静であろうと自分に言い聞かせながら、少年と女性を睨んだ。
襲撃者の少年は、肥えた体格に不釣り合いな、禍々しい長剣を握りしめ、歪みきった笑みを浮かべた。
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