46「襲撃です」②




「名乗れ、襲撃者」

「僕は魔剣に選ばし者、魔剣使いだ! マニオン・ラインバッハ――この名を覚えておくといい」


 ジムは少々呆れた。

 何者かと問い、愚直に返事がくるとは思いもしなかった。

 堂々と伯爵家を襲撃しておいて、胸を張ることのできる少年に驚きを隠せずにいた。


「……ラインバッハだと? たしか、サムの出身がそのようなところだったな――ずいぶんと似ていない兄弟だ」


 成長過程のサムは、背は少々低めだが、体格はすらりとしながらも引き締まっている戦う人間の体つきであるのに対し、マニオンは横幅ばかりが肥えている。

 新聞かなにかで、サムの弟は剣士だと聞いていたのだが、とてもじゃないがそうは思えない。

 マニオンからは、戦闘以前に、まともに運動ができる雰囲気がないのだ。


「あいつと僕が似ているわけがないだろ! あいつは、僕よりも劣ったクズだからな!」


 どうやらマニオンは、ジムの指摘を前向きに受け取ったようだった。

 魔剣らしい剣を握りしめ、胸を張ったせいで醜く肥えた腹が突き出される。

 そんなマニオンの後ろには、ドレスと宝石で着飾ったヨランダが笑っている。

 高価な指輪を過剰に身につけた手で、少年の頭を撫でた。


「そうね、マニオン。あんな能無しと、わたくしのかわいい息子を一緒にしないでほしいわ」

「……なんというか、滑稽だ。あれほどの実力を持つ兄よりも、自分が勝っているなどとよく言えるものだ。いっそ、感心さえする」


 スカイ王国最強の魔法使いであると同時に、元剣聖雨宮蔵人すら倒したという噂はジムの耳にも届いていた。

 名実ともに王国最強の座に至ったサムよりも、自分の方が上だと豪語できる人間が、この国にいったい何人いるだろうか。


「昔から僕のほうが優秀だったんだ! 剣の実力は天才と言われたんだぞ!」


 今まで醜悪な顔をしていたマニオンが、子供らしい年相応の表情を浮かべた。

 なにかしらサムに思うことがあるようだ、とジムが察する。

 だが、マニオンの子供らしさも、あくまでも子供が癇癪を起こしたという程度のものだ。

 魔剣を持っていると騒ぐ子供が癇癪を起こすなど悪夢でしかない。

 真偽は不明だが、長剣から禍々しい気配が伝わってくるのが変わらない以上、マニオンが手にしているのは魔剣だと判断しておくべきだ。


「子供ゆえの思考かもしれないが、育てられ方が悪かったのだろうな」


 ジムはマニオンに同情する。

 住宅街を歩くには不釣り合いすぎる派手なドレスと宝石を身につけて、息子と同じ歪んだ笑みを浮かべている母親を見れば、どのような育て方をしたのか想像できた。


「僕は感謝しなければならないな。僕に、もし、僕のことを想ってくれる両親や友人がいなければ、きっとお前のような傲慢な存在になっていたはずだ」


 そうならなくてよかった、と心底思う。

 ジムは、挑発したつもりはなく、あくまでも心情を語っただけだったが、マニオンは違かったようだ。

 再び顔を歪めて、剣の柄をこれでもかと握りしめた。


 どうやら、会話で時間稼ぎするのも限界のようだ。

 想像以上に堪え性のない子供だった。

 もう少し話に付き合ってもらえるかと思っていただけに、内心で舌打ちをする。

 マニオンの持つ魔剣がどのような力を持っているのか判断ができないが、できることならこの場で振り回す真似はさせたくなかった。

 万が一、アリシアたちに何かがあれば、サムやジョナサンに合わせる顔が無い。


「っていうか、さっきからお前はなんなんだよぉ! 僕は、サミュエルの婚約者を奪うために、わざわざこんなところまで来たんだっ、邪魔をするな!」

「――なんだって?」

「まず、王女の前に、伯爵家の女たちが僕にふさわしいか品定めに来てやったんだ。早く、どけよぉ!」

「つまり、貴様は――アリシアを拐かしにきたのか?」


 で、あればとてもではないが許すことはできない。

 アリシアはサムと一緒に幸せになるのだ。

 そんな彼女の、大切な幼なじみのこれからを壊させるわけにはいかないのだ。


「アリシアって誰だよ? まあ、いいよ。見た目がよければ、僕の女にしてやろう!」

「…………呆れてものが言えない」


 怒りを覚えて爆発しかけたジムが、マニオンの言葉に唖然とした。


「仮にも、奪いに来た女性の名前さえ知らずに、どう奪うというのだ?」

「――うるさいっ! うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ! 僕を馬鹿にするというなら、あの門番たちと同じにように斬ってやるぞ!」

「断る。今、この屋敷には主人がいない。お前のような狂った子供を、主人不在の屋敷に招き入れてなるものか」

「ふんっ、じゃあいいさ。お前を殺して中に入るだけだ」


 再び、呆れてジムは嘆息する。


「頭も悪いが、目も悪いようだな。僕の背後をちゃんと見ろ。僕の命を奪えたとしても、竜がいる。お前に勝ち目などない。これ以上、大きな罪を犯さぬ前に素直に捕縛されておけ」

「マニオン! ここまで言われたのなら、手加減することなんてないわ! さっさと殺しなさい! 伯爵家の宝石を、ドレスを早く私に見せてちょうだい!」

「はい、お母様! 竜だかなんだかしらないが、手懐けられた小さなドラゴンじゃないか! それくらい僕の魔剣があれば叩き切ってやるさ!」

「哀れな子供だ。おそらく、母親が悪いのだろうが……剣を構える以上、僕も本気で戦おう。いくら子供であっても、不安要素が多く、なによりも貴様は伯爵家を襲撃した人間だ。優しくしてもらえると思うなよ?」

「僕の魔剣の力をみせてやるよぉ!」


 被虐的な笑顔を浮かべたマニオンが魔剣を構えた。


「サムには劣るが、僕だって魔法学校では上位の成績だ。仮に貴様の手に魔剣があったとしても、戦いのいろはも知らない子供にそう易々と負けてやるものか!」



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