44「魔剣使いとその正体です」③




「――俺は」


 ラインバッハの人間じゃないし、マニオンは弟ではない、などと言えなかった。

 すでに自分は死んだことになっているし、縁を切ったので、今はサミュエル・シャイトだ。

 そもそも、母親曰く、ラインバッハ家の血を引いていないとのことだが、この場ではとても口にできることではない。

 なによりも、マニオンに故郷と屋敷を襲撃された少女に、そんなことを言うのは不誠実だと思った。


「サムはラインバッハの人間ではない。彼はサミュエル・シャイトであり、我がウォーカー伯爵家の大切な息子だ」


 サムの代わりにそう言ってくれたのは、ジョナサンだった。


「君の憤りは理解できる。しかし、サムはラインバッハと無関係に王都で生活していたのだ。彼に怒りを向けないでほしい」

「……わかっています。わかっているのですが、それでもサミュエル・シャイト様はマニオン・ラインバッハの兄ではないですか。いえ、そのことはもういいです。ですが、サミュエル様」

「はい」

「あの忌々しい魔剣使いを倒してくださいますよね?」


 口調こそ厳しいものだったが、少女の声は懇願のようにも聞こえた。

 サムは迷いなく頷く。


「もちろんです。俺は宮廷魔法使いとして、いいえ、ひとりの人間として、誰かを傷つけ、命を奪う人間を放ってはおきません」

「ありがとうございます。そのお言葉が聞けてほっとしています」

「サミュエルよ」

「――はっ」


 少女とサムの間に、クライドが言葉を挟んだ。

 少女は口を閉ざし、サムは恭しく返事をする。


「そなたには酷な命令をする」

「なんなりとおっしゃってください」

「ならば命じよう。――マニオン・ラインバッハを殺せ」


 クライドは、サムにはっきりとマニオンの命を奪えと言った。

 ジョナサンたちが目を見開く。

 とくにサムの出自に関することを知らない者には、王が弟殺しを命じたのだから驚くのも無理はない。


「そなたの実力を信じていないわけではないが、手心を加えて相手を生かすことは考えるな。もう首謀者は五十人以上殺している。傷つけた人間はそれ以上だ。さらに貴族の屋敷を襲撃もした。そなたが手を下さずとも、死刑は確定だ。そのような者へ手心は要らぬ。よいな?」

「――かしこまりました。俺の力の全てをもって相手をするとお約束します」


 マニオンがどのような経緯で魔剣を手にしたのか皆目見当も付かないが、彼はやり過ぎた。

 一線を越えてしまったのだ。

 戦いではなく、殺戮をしてしまったマニオンに与える温情など皆無だ。

 ゆえに、サムも庇うような言動はしなかった。


「よろしい。聞けば、マニオン・ラインバッハと一緒にヨランダ・ラインバッハもいるよういう。どうやら息子を焚きつけているようだ」

「あの方ならやりかねません」

「其奴の処罰も決まっている。もし、そなたと敵対するようならば、手を下しても構わぬ」

「承知しました」

「そして、ラインバッハ男爵に関しても、無論、責任をとってもらうこととなる。男爵自身がなにかをしたわけではないが、息子がこのような暴挙をした以上、無関係ではすまさぬ。少なくとも男爵家は取り潰す」


 反対の声は出なかった。


(あーあー、息子の育て方が悪かったせいで取り潰しか。あっけないものだな)


 カリウス・ラインバッハに同情する気はない。

 マニオンがこのような凶行に走ったのも、ちゃんと面倒を見ていなかったせいだ。

 とくに、あの自分さえ良ければそれでいいヨランダと息子と揃って放置したら、どうなるかくらい想像できなかったものか、と呆れる。

 その結果がこれである。

 むしろ、マニオンに奪われた命の大半の責任は、カリウスにあると思わずにはいられない。


「サミュエルよ、最後に命ずる」

「――はい」

「死ぬでないぞ」

「かしこまりました」


 サムは胸に手を置き、クライドに深々と頭を下げた。

 続いて国王は、成り行きを見守っていた面々に声をかけていく。


「ギュンター・イグナーツ宮廷魔法使いよ」

「はい」

「そなたにはサミュエルの補佐を命ずる」

「お任せください」


 ギュンターはサムにウインクした。いつもならこんな状況かでもマイペースな彼を頼もしく思うのだが、やはり彼には精気が感じられなかった。

 もしかするとクリーと婚約したことに、いまだに堪えているのかもしれない。


「紫・木蓮宮廷魔法使いは王宮にて待機。いつでも動けるようにしているように」

「かしこまりました」


 王国最高の回復魔法使いは、孫を慈しむような瞳をサムに向けて微笑んだ。

 サムもうなずき返す。


「ウォーカー伯爵」

「――はっ」

「そなたは魔法軍の精鋭を率いてサムの援護をするように」

「承知しました」


 サムのバックアップに養父となるべき人を指名してくれたのは、国王の気遣いだろう。


「オルセイフ魔法軍団長」

「――はい」


 王立魔法軍団長リュード・オルセイフ伯爵が返事をする。

 彼と顔を合わせるのは、アルバート・フレイジュと王国最強を賭けて決闘したとき以来だった。


「そなたたち魔法軍には王都守護を命ずる」

「国王陛下の仰せのままに」

「騎士団はその補佐をするよう。……問題は、マニオン・ラインバッハがどこにいるかだが」

「魔剣を使用すればそれなりの魔力が発せられるますので、近くにいればわかるかと――っ!?」


 言葉の途中で、サムが目を見開く。


「どうした?」

「魔力が、感じたことのない強い魔力が、まさか」

「落ち着くのだ、サムよ。まさか、もう魔剣使いがすでに王都にいるというのか?」

「います! 問題は場所です! マニオンは、奴は、ウォーカー伯爵家にいますっ!」


 絶句する一同。まさか、目と鼻の先までマニオンが迫ってきているとは思いもしなかった。

 それ以上に、リーディル子爵を狙っていると思っていたのに、まさかウォーカー伯爵家にいるとは。

 サムはたまらず、地面を蹴った。


「待つんだ、サム!」

「ひとりで行くな!」


 ギュンターとジョナサンの制止の声を無視して、窓に足をかけて外へ跳躍する。


「申し訳ございません! 俺は先に行きます。後を追いかけてきてください!」


 サムは止まれなかった。

 ウォーカー伯爵家には愛する人たちがいる。

 彼女たちの実力もよく知っているが、マニオンは魔剣を持っている。

 戦えないリーゼやアリシアもいるので、最悪の場合もあるかもしれないと考えてしまうと気が気でない。

 愛する人たちのもとに一刻も早くたどり着けるよう、全力で王都の空を飛んだ。



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