43「魔剣使いとその正体です」②




「緊急事態である」


 王宮、クライド国王陛下の執務室にサムはいた。

 少年の他には、ジョナサンをはじめ、魔法軍や騎士団の幹部代表と、宮廷魔法使いの紫・木蓮と、そして少しやつれ気味のギュンター・イグナーツだ。

 そして、見覚えのない男性と少女がいる。身なりからして貴族だと思われるが、ふたりの顔には濃い疲労が浮かんでいた。

 また、少女の視線がサムに注がれている。


「改めて、余に話したことをこの場の者たちに説明してほしい。構わぬか、リーディル子爵?」

「もちろんです」


 サムはリーディル子爵の名に聞き覚えがあった。


(リーディル子爵って、えっとマニオンの元婚約者の家だよな。どうして王都にいるんだ?)


 男性は現当主なのだろう。

 白髪混じりのブロンドの髪を後ろに撫でつけた四十後半の背の高い男性だ。

 彼の隣りにいるのは、もしかしたらマニオンの婚約者だった少女かもしれない。


(――っと、いけない。今は、緊急事態のほうに集中しないとな)


「先日、我が領地が魔剣使いに襲撃を受けました」

「――魔剣使いだと?」


 魔剣の名に反応したのは、騎士団の人間だった。

 しかし、彼だけではなく、サムを含め驚いている。

 魔剣は希少だ。その魔剣の使い手になることができる人間はさらに少ない。

 教会が保有する複数本の聖剣に匹敵する強力な力を有する剣である。

 そして、残念なことにスカイ王国王立騎士団には聖剣使いも魔剣使いもいない。


「多数の死傷者が出てしまいました。私たち家族も狙われましたが、兵と冒険者の力を借りて、こうして王都に助けを求めるために逃げ出すことができました」


 リーディル子爵は悔しさに顔を歪ませて唇を噛み締める。

「……領主でありながら、民を置いて逃げ出さなければならなかったことが情けない。申し訳なく思っています」


 鎮痛な表情を浮かべ、涙まで流し始める子爵。

 だが、彼を逃してくれた人間がいたということは、慕われていたのだろう。

 彼の命を守ろうとした人間がいたということなのだから。


「サミュエル・シャイトよ」

「――はい」


 国王は、いつもの愛称ではなく、フルネームでサムを呼んだ。


「すでに、魔剣使いは名のある冒険者も斬り捨てている。どうやら尋常ではない力を持っているようだ。しかも、厄介なことに斬った相手の魔力や体力を奪い力にもできるらしい」

「典型的な魔剣のお手本ですが、厄介です。だけど、魔剣なんて対処は簡単です。へし折ればいいのです」


 なんでもないように言い放ったサムに、一同の視線が集まる。


「サミュエルよ、魔剣を折ることがまず難しいのだぞ――まさか、そなた」

「ウルと各地を転々としていた頃、魔剣使いとは何度か戦いました。全部、へし折ってやりましたので、問題ありません。お任せください」


 サムの言葉に、驚愕の声が所々から上がる。

 少なくとも、この中で魔剣と戦い無事に帰ってこられるものは、ほんの数人だろう。


「頼もしくある。だが、今回はそなたの力を必要としながら、そなたに戦わせてもいいものかと迷っている」

「どういう意味でしょうか?」


 サムは宮廷魔法使いとして、国に害を与える輩と戦うことを拒んだりしない。

 しかも、相手は魔剣使いだ。彼らの異常な強さは一番身をもって知っているつもりだ。

 ただ、今まで戦った魔剣使いは、誰もが力を求めている武人だった。それゆえに恐ろしかったのだが、今回は魔剣をただの力を示すだけの道具として使っているようにも感じられる。


 魔剣には意志があると言われているゆえ、使用者も相応の者が選ばれると聞いたことがある。

 領地を襲撃するはさておき、力無き民を斬り捨てるような人間を魔剣が選ぶだろうか、とも疑問だった。


「現在、魔剣使いは王都に向かっている。どうやらリーディル子爵をつけ狙っているようだ」

「なるほど。目的は子爵でしたか」

「だが、問題はそこではない。魔剣使いの素性だ」

「もうご存知なんですか?」


 実に仕事が早いと感心する。

 名のある剣士か、それとも犯罪者か。

 もしくは、まるで名の知られていない無名の人物だろうか。

 どちらにせよ、強敵であることは変わらないだろう。


「魔剣を持ち、わたくしたちの故郷を襲った者の名は、マニオン・ラインバッハです」

「――へ?」


 魔剣使いの素性を明かした少女の言葉に、サムは耳を疑った。


「ランバッハ男爵家のサミュエル・シャイト様、あなたの弟が魔剣使いなのです」


 国王がなぜ自分を戦わせたくないのか、その意味を理解した。



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