32「驚きの女性が訪ねてきました」③




「ですから、サムの前に姿を表せなかった。――いえ、そもそも彼のことを覚えていなかったのですね」


 記憶喪失になっていたのなら、サムに会おうとしなかったのも理解できる。

 メラニーはサムの存在そのものを忘れていたのだ。

 たとえ生きていたとしても会えるはずがない。


「はい。母親として恥ずべきことです。そんな私は、スティーブンに丁重に保護していただきました。気づけば、彼と恋に落ち、身分違いの結婚をしたのです。そして、娘にも恵まれました」

「――っ、サムに妹がいるのですか!?」

「父親は違いますが、はい、います」


 リーゼたちは驚くばかりだ。

 サムの母親が生きていただけでも予想できなかなったのに、その上、妹までいるという。


「まさか、ティーリング子爵家にサムのお母様がいたなんて」


 ティーリング子爵は父と同じ王族派の貴族であり、家名にも覚えがあった。

 まさか、こんな近くにサムの母親がいたなどとは、リーゼはもちろん、他の婚約者たちも夢にも思っていなかった。


「あの、サム様のお母様は、今はご記憶を取り戻しているのですよね?」


 控えめに質問したアリシアに、メラニーは肯定するように肯いた。


「一年ほど前のことです。旅行先の湖で不注意から溺れることがありました。その際、記憶をすべて思い出したのです。しかし、もう私には新しい家族がいました。サムに会いたいと言うことができず、またサムもその時にはラインバッハ領から出奔しており行方知れずでしたので、会いたくとも会えませんでした」


 一年前のサムは、ウルと各地を転々としている頃だった。

 メラニーはもちろん、リーゼたちは出会ってもいない。

 サムもまさか、亡くなったと思っていた母が、実は記憶を失いながらも生きていたとは夢にも思っていなかっただろう。


「それで、今なのですね」

「はい。サムの話が王都で賑わうようになり、あの子の成長と、魔法使いとしての成功を大いに喜びました。近くにいるのなら、会いたい。しかし、会う資格が私にはありません」


 サムを置いて、自殺未遂をしたことはメラニーの負い目となっているようだ。

 誰もが安易に、気持ちがわかる、とは言えなかった。


「ですが、サムに会いたい気持ちは次第に強くなっていきました。そんな折、先日、サムが婚約したことを知り、ついに気持ちが抑えられなくなり、せめて遠目からでも成長した息子の姿を見ることができれば――そんな思いで、無作法にもウォーカー伯爵家を訪れてしまったのです」


 タイミングが良かったのか、悪かったのか。

 ちょうどよく、その場にリーゼたちが現れてしまった。


「しかし、私にはそれだけではありません」

「メラニー様?」

「記憶を取り戻し、こうしてサムの婚約者様方とお会いした以上、隠し事ができないと神に言われたのだと思います」

「なにをおっしゃっているのですか?」

「私は、サムに伝えなければならないことがあるのです。隠しておくべきかと思いましたが、あの子には知る権利があり、私には打ち明けなければならない義務があるのです」

「サムに伝えなければならないことですか? それは、どういう」


 リーゼの疑問に、メラニーは深刻な表情をして告げた。


「あの子の、出自についてです」

「――出自?」


 嫌な予感がした。

 続きを聞いてしまえば、大変なことになるかもしれない。

 そんな予感がリーゼたちを襲う。

 そして、彼女たちの予想通りに、メラニーが告げたことは驚愕に値した。





「サムは――カリウス・ラインバッハの子供ではありません」





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