33「驚きの女性が訪ねてきました」④
推測はできていたが、実際に耳にすると驚きはあまりにも大きかった。
――サムが、ラインバッハ男爵の実子ではない。
一度も想像したことがないとは言わない。
剣術に傾向する一族に生まれたが、剣が使えず魔法に特化した少年の出自を、「もしや」と思ったことが誰しもあった。
おそらく、カリウス・ラインバッハ本人も、考えなかったことはないだろう。
そして、サム自身も。
ゆえに、メラニーの口から発せられた、サムがラインバッハ男爵の血を引いていないという言葉は、以外にもリーゼたちに嘘だとは思われなかった。
それでも問わずにいられない。
「――か、確認させてください。サムが、ラインバッハ男爵の子供ではないというのは、事実ですか?」
リーゼの質問に、メラニーははっきりと首肯した。
「はい。当時、私はラインバッハ領を訪れていた冒険者と恋仲にありました。冒険者なのに、剣がまるで使えず、魔法使いとしての才能はあったようですが、本人は芸術方面が得意な少し変わった方でした」
「その方が、サムの?」
「そうです。正義感が強く、いつも誰かのために役立ちたいと願う、心優しいその方に私は惹かれていました」
かつての恋人を語るメラニーの表情は、その時を思い出しているのか穏やかだった。
「えっと、サムの母上に恋人がいたことをラインバッハ男爵はご存知だったのかな?」
水樹の問いかけに、わからない、とメラニーは首を振る。
「私にはわかりませんでした」
「失礼ですが……サム様のお母様は、そのお相手と一緒になることを考えなかったのですか?」
「アリシア様のおっしゃるように、私は彼と一緒に逃げるつもりでした。しかし、彼は冒険者であることが引け目だったのでしょうか、身を引くと言って町を出て行ってしまったのです。その後の彼のことはわかりません」
「……そんな、お辛かったでしょう。わたくしなら、耐えられませんわ」
「そうですね。私も耐えられなかったのだと思います。愛する人を失った私は、両親に進められるまま、カリウスに求められラインバッハ男爵家に嫁ぎました。しかし、当時の私はまだ気づいていませんでしたが、その時にはすでにサムがお腹に宿っていたのです」
もし、サムがメラニーに宿っていたことを知っていたら、恋人だった冒険者は去らなかったかもしれない。
両親も、無理に男爵家に嫁ぐように勧めなかったかもしれない。
カリウスも、メラニーを諦めたかもしれない。
発覚が遅かったことを、嘆くしかないのだろう。
「あの時、私は投げやりだったのだと思います。愛する人を失い、望まない結婚をしてしまいました」
「……メラニー様」
「カリウスも最初は悪い人間ではありませんでした。しかし、私は彼になにも情が湧かなかったのです。彼が私を望まなければ、愛する人は去らなかったのですから。そして、そんな私の感情がカリウスにも伝わったのか、すぐに側室を娶りました」
メラニーの妊娠が発覚してすぐに、カリウスはヨランダを側室に迎えた。
そして一年も経たずに、ヨランダも妊娠したのだ。
カリウスは、ヨランダの方に熱心に通っていた。おそらく、メラニーが望んで結婚したわけではないということに気づいたのかもしれない。
それが不快だったのか、わからないが、メラニーとは最低限の接触しかなかったという。
幸いなことに、メラニーには友人であり同僚のダフネや、実の両親よりも親身になってくれるデリックがいた。
他の使用人も家族同然だったので、みんなの力を借りてサムを出産した。
「生まれたサムを見て、すぐにあの人の子だとわかりました。私の愛した人と同じように、髪の一部が銀色だったのです」
「サムの髪が銀色? いえ、ですが、サムは黒髪では?」
「成長するにつれて、真っ黒になっていきました。ですが、時々、光の反射などで黒髪の中に銀色が光るときもあったのです」
髪の色が似ていただけではない。
顔立ちや、雰囲気が、まるで愛した人に瓜二つだった。
「私は歓喜しました。愛する人は去ってしまいましたが、愛する人の子供が宿っていたのです。私は、サムがいるだけで幸せでした。たとえ、あの子に剣の才能がないとわかっても、父親の血を引いているとよりいっそう確信することができただけですので、嘆くこともしませんでした」
サムに剣の才能がなかったと知ったときのカリウスの落胆はそれはそれは大きなものだったらしい。
もしかしたら、彼は、サムが自分の子ではないと気づいたのかもしれない――と、メラニーは推測した。
ゆえに、最初こそサムを連れて屋敷を出ようとしたが、他ならぬカリウスがそれを許さなかった。
カリウスは、産後間も無くメラニーに夜の相手をするように命じるも、彼女は体調が悪いということで関係を拒み続けた。
それをおもしろく思わなかったのだろう。次第に、メラニーへの態度が悪くなっていく。その一方で、ヨランダの扱いが良くなっていった。
さらに、同じ頃、ヨランダの息子マニオンに剣の才能があるとわかったのだ。
才能がある、といっても逸材というほどではなく、少し剣が使えるだろうくらいだった。
しかし、カリウスは喜んだ。さすが、我が子だと声を大にした。
その頃からだ。ヨランダが、正室であるメラニーに嫌がらせをはじめるようになった。
推測するに、才能ある息子を後継者にしたかったのだろう。そして自分は正室の座がほしかったのだと思われる。
そんなヨランダの嫌がらせがエスカレートし、サムにも被害が及ぶようになっていく。
友人ダフネが助けてくれてはいたが、姑息なヨランダは人目を掻い潜ることを得意としていた。
結果、長く続いた嫌がらせにメラニーの心は少しずつ病んでいき、身を投げるまでになってしまった。
「悪い女とお思いでしょう。自分のしたことながら、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうです。私が心を病んだのも、きっと神が私をお許しにならなかったからでしょう」
「お気持ちをすべて理解できるとは言えませんが、私は、私たちは、メラニー様を悪いとは決して言えません」
メラニーの境遇も不遇なものだった。
貴族にさえ見染められなければ、愛する夫と子と一緒に幸せな生活をしていたかもしれない。
それを思うと、失意の彼女の行動を悪いことだと一方的に決めることはできなかった。
「ありがとうございます。ですが、悪いことをした自覚はあるのです。サムが生まれたら無理にでも屋敷を出るべきでした」
彼女は口にしないが、おそらくサムのためにカリウスの引き止めに抵抗しなかったのだと思う。
貴族の子として育てることができれば、少なくとも食うに困ることはないのだから。
「そういえば、お相手の冒険者の方は、いいえ、サムの本当のお父上の男性のお名前はなんというのでしょうか? 出身地や、なにか手掛かりになるものがあれば、探すこともできるかもしれません」
「彼の名は、チャールズ・ハワードといいます。彼から唯一贈られた短剣を今も持っています。私が身を投げたときに、唯一持っていたものでした」
「では、その方を」
「どうかお願いです。彼を探すことはおやめください」
リーゼの提案を、メラニーははっきりとした口調で拒んだ。
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