31「驚きの女性が訪ねてきました」②




 城下町に出かけようとしていたリーゼたちは、サムの母親を名乗る女性の登場に大いに驚くこととなった。

 散歩している場合ではないとばかりに、メラニーを連れて屋敷の中に戻ることとなる。

 当初、メラニーは、サムに会うことはもちろん、リーゼたちとこうして顔を合わせるつもりもなかったらしく、帰ろうとしていた。

 だが、リーゼたちがサムの母に、はいそうですか、と返すわけにもかず、屋敷に上がってもらうよう頼み込んだ。


 しかし、リーゼたちがメラニーをサムの母親だということを、完全に信じているわけではない。

 確かに面影は似ているから親類縁者であることは間違いないだろう。それらを確かめるためにも、話を続ける必要があった。


 王都に突如現れ、瞬く間にスカイ王国最強の魔法使いの座を手に入れたサムと縁を作りたい人間はいる。

 リーゼとアリシアの父ジョナサンのもとには、サムの親戚や腹違い、種違いの兄弟を名乗る人間が少なからず連絡をよこしてくる。

 が、そのすべてが偽物で、本当の親族は今のところコフィ子爵しかいない。


 あまり悪く考えたくないが、サムの母を名乗るメラニーも偽物の可能性がまったくないわけではないのだ。

 しかし、婚約者たちは、愛する少年とメラニーがあまりにも似ていることを本能で察していた。

 また、彼女が嘘をついていないとも判断している。


「強引にお連れしてしまい申し訳ございませんでした」


 婚約者を代表して、リーゼがメラニーに謝罪した。

 場所を変えて、ウォーカー伯爵家の応接室に彼女たちはいた。

 柔らかなソファーに腰を下ろし、各自の前には夏も近づいたということもあり氷の入ったアイスティーが置かれている。

 リーゼは、緊張気味に喉を潤すと、居心地の悪そうにしているメラニーを見る。


「ご不快な思いをさせてしまったのであれば、心から謝罪いたします」

「いいえ、そんな。リーゼロッテ様たちに謝罪していただくことはありません」

「そう言ってくださると助かります。いろいろメラニー様とお話をしたいのですが、しかし、私はその前にどうしても尋ねなければならないことがあります」

「覚悟しています。どうぞ、おっしゃってください」


 すでにメラニーは問われることをわかっているようだ。

 リーゼとしては、このようなことを尋ねなければならないことを心苦しく思うが、意を決して口にする。


「――メラニー様は、本当にサムに、サミュエル・シャイトの母親なのでしょうか? 彼の話を聞く限り、お母様はお亡くなりになっているはずです」


 そう。サムの母メラニーは死んだものとされている。

 サムもそう認識しているし、ラインバッハ男爵家では皆同じだ。

 しかし、メラニーがこうして現れた。

 ゆえに確認せずにはならない。


「……私の、つまらない過去話となってしまいますが」

「ぜひお聞かせください」

「はい、では――私は、かつてラインバッハ男爵家で働くメイドでした。ラインバッハ男爵、カリウスに見初められて、妻になりましたが……私は望んではいませんでした。カリウスの気持ちを知った両親が賛成し、知らぬところで勝手に話が進んでしまい断るに断れず」


 当時を思い出したのか、メラニーは苦い顔をして訴える。

 リーゼたちは自らが望んだ結婚だったが、望まぬ結婚を強いられることは珍しい話ではない。

 だが、サムの母が望まずラインバッハ男爵家に嫁いだと知ると、婚約者たちは暗い顔になる。

 もしかしたら、サムは望まずに生まれたことではないか、と考えてしまったのだ。


「サムが生まれ成長し、剣の才能がないとわかると、カリウス・ラインバッハはあの子を冷遇しました。私も、才能のない子を産んだ役立たずとして、あまり、その、よくない扱いを受けたのです」

「……お辛かったでしょう」

「ひどい男」

「まったくだね」

「心中お察し致しますわ」


 リーゼたちの中で、もともと低かったラインバッハ男爵の株が、さらに下がった。


「辛くないといえば嘘になりますが、サムがいてくれれば幸せでした。あの子は、私が心から愛した人との間に生まれた愛しい子でしたから」

「――え?」


 メラニーの言葉を聞き、リーゼは内心違和感を覚えた。

 ラインバッハ男爵と望まぬ結婚をしたというのに、サムは愛しい人の間に生まれた子というのは辻褄が合わない。

 結婚した後に、心変わりしたのか、それとも――。


「本当に幸せだったのです。しかし、側室だったヨランダの産んだ男の子に剣の才能があるとわかると、カリウスの態度はより顕著なものとなっていきました。サムをいないものとして扱い始めたのです。幸い、使用人の方々は、私のかつての同僚でしたのでよくしてくださいましたが……」

「なにかあったのですか?」

「私の心が弱かったのでしょう。ヨランダから長い間受けていた執拗な嫌がらせに、病んでしまったのです」

「――っ、なんということ」


 妻が複数いる貴族の家庭内は複雑だ。

 妻同士が仲がよければ、至って平和な家庭も、その逆だと想像を絶するほど険悪となると聞く。

 妻同士が、殺しあうことすらある。

 メラニーは、ヨランダという側室に辛く当たられたのだろう。そして、やり返すことなくじっと耐えた。だが、そのせいで少しずつ心が疲弊してしまったのだ。


「限界を感じた私は、安易で愚かな道を選んでしまったのです」

「……まさか、そんな」


 その続きを想像するのは実に容易かった。


「ご想像の通り、自らの命を断つことを決めてしまいました。しかし、心を病みながらも、サムを道連れにはできなかったのです。そして、私は、単身、遺書を残して川に身を投げたのです」

「――お辛かったでしょう。しかし、あなたは、こうして生きていました。なぜ、もっと早くにサムに顔を見せようとしなかったのでしょうか?」


 リーゼの疑問は、婚約者たちの疑問でもあった。

 メラニーは、その問いに顔を悲しげに歪ませた。


「それが……私は、川に身を投げ、命の危機に瀕しました。実際、呼吸は止まっていたらしいので死んでいたのでしょう。そんな私を見つけ、助けてくださったのが、今の夫になるスティーブン・ティーリング子爵でした」

「……旦那様がいらっしゃるのですか?」


 まさか再婚しているとは思わず、リーゼたちが驚きに包まれる。

 そして、続くメラニーの言葉で、その理由が判明した。


「驚くのも無理はありません。言い訳になるでしょうが、私は夫に助けられたとき――名前以外の記憶を失っていたのです」



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