30「驚きの女性が訪ねてきました」①




 サムがクライド国王とステラ王女と、ロイグ王弟の屋敷の中を散策している頃。

 ウォーカー伯爵家では、リーゼが身支度を整え外出の準備をしていた。

 妊娠が発覚して一ヶ月が経過したが、リーゼの体調は良好だった。

 妊娠発覚前は体調不良が続いていたものの、妊娠が原因だとわかると、現金なものですっかり元気になってしまったのだ。


 ただ、父やサムは身重なリーゼを少々過剰なほど心配している気もするが、大事にされている実感があるため嬉しくもあった。

 過保護な父は仕事中、サムは外出中ということで、今のうちに少し体を動かしておこうと考えたのだ。

 もともとリーゼは快活であるのでじっとしているのが得意ではない。

 適度な運動も、胎教によいと聞いているので、軽い散歩をしようと思っていた。


「リーゼ? なにか用事があるなら、わたしが代わりにいく」


 部屋の中を覗き、声をかけてきたのは、同じくサムの婚約者の紫・花蓮だった。

 同じ婚約者として、友人としてリーゼと関連の関係は良好だ。

 サムと同じく、過保護とまではいかずとも、リーゼの身を案じてくれる優しい人だった。


「ふふ、花蓮まであまり過保護にしないで。ちょっと体を動かしたいだけよ。散歩くらいいいでしょう?」

「ん。なら着いていく。どこまで?」

「城下町まで足を伸ばしましょう」

「じゃあ、水樹たちも呼んで、町でお茶したい。最近、良いお店を見つけた」

「それはいいわね」


 白い民族衣装を翻し、花蓮が水樹たちを呼びに向かった。

 数分もしないうちに、袴姿の雨宮水樹と、ワンピースにカーディガンを身に纏ったアリシアを連れてきた。


「城下町へ行こー」


 リーゼに負けない快活さを誇る花蓮は、少しだけ唇を吊り上げると、家族だけにしかわからない変化で嬉しそうに笑った。


「うん。たまには外でお茶もいいね」

「わたくしまで誘っていただけて嬉しいですわ」

「アリシアもサムの婚約者。わたしたちの姉妹同然。これからはもっと友好を深めたい」

「花蓮様、ありがとうございます」


 サムの婚約者たちが仲がいいことに、リーゼは笑みをこぼした。

 こうして四人は城下町に、散歩を兼ねて向かうことにした。

 しかし、いざ屋敷を出ようとすると、門の前に人影を見つけて足を止めてしまう。

 すかさず、花蓮と水樹がリーゼとアリシアを庇うように前に立つ。


「――門の前に誰かいるね。不審者ではない、と思うけど」

「本当ですわね。お父様にお客様……であれば、お約束が入っているはずですから、出迎えがあるはずですわ」


 水樹が警戒し、アリシアが首を傾げながらそれぞれ意見を言う。

 確かに、客であれば、使用人が出迎えるはずだ。

 ならば、門の前の人影は、たまたま家の前を通り過ぎただけの人間か、それとも約束を取らずに押しかけてきた者かもしれない。


「わたしが聞いてくる」


 花蓮が代表して、門の人影に近づいていく。


「どなた?」

「――あ」


 声をかけられ戸惑った声を上げた人影は黒髪の、四十半ばほどの品のある女性だった。


「ここはウォーカー伯爵家。用事があるなら、聞く」

「いえ、その、私は」

「ん?」


 口籠ってしまう女性に、花蓮が首を傾げた。

 人選ミスだ。お世辞にも、人に用事を伺うことに花蓮は適していない。 

 言葉は足りないし、感情をあまり表に出さないのでぶっきらぼうに感じることもある。

 すでに一緒に暮らし、花蓮の内面を知っているリーゼたちは彼女が好奇心旺盛で優しい子であることを知っているが、初対面の女性にはいささか高圧的に思えたのかも知れない。


「――ん?」


 花蓮はじいっと女性を見つめる。


「あ、あの?」


 花蓮の視線に戸惑う女性。

 すると、花蓮は背後のリーゼたちに声をかけた。


「リーゼ、水樹、アリシア、ちょっとちょっと」

「どうかしたの? お客様かしら?」

「わからない。でも、この人――どこかで見た覚えがある気がする」


 花蓮が呼ぶのだから、女性から敵意などがないとわかり、リーゼたちは門へと向かう。

 すると、花蓮の言葉通り、初対面のはずが、どこか見覚えのある雰囲気を持つ女性がいた。


「――あら、初対面のはずですが、確かにどこかで会ったことがあるような」

「あ、あの」

「突然、申し訳ございません。私は、リーゼロッテ・ウォーカーと申します。こちらは、紫・花蓮、雨宮水樹、そして妹のアリシア・ウォーカーです。よろしければ、お名前を構いませんか?」

「リーゼロッテ様……あなたたちが」


 名乗ったリーゼに、女性が目を見開く。

 どうやら彼女はリーゼたちを知っているようだ。


「僕たちをご存知なのかな?」

「は、はい」


 水樹の疑問に、女性が短く返事をした。


「……どうしましょう。婚約したせいでしょうか、この方がサム様に似ているにように見えてしまいますわ」

「――っ」


 アリシアの目には、女性がどこかサムと似ているように見えたようだ。

 それに、リーゼたちが同意するように頷く。


「あら、そうね。どうりで見覚えがあるはずね。同じ黒髪黒目だからかしら――いいえ、似ているわ。ただ髪と目が黒いからではないわ。目元や口元や、雰囲気が……あの、失礼ですが、サミュエル・シャイトをご存知でしょうか?」

「リーゼ、サムは良くも悪くも有名」

「そうだったわね。では、彼個人とお知り合いですか?」


 リーゼの問いかけに、女性は静かに頷いた。


「――私は、はい、存じ上げています」

「やっぱり! でしたら、サムのお客様なのかしら? ご親戚でしょうか? 彼は今、留守にしているのですが、よろしければ屋敷の中で待っていてください。しばらくすれば彼も帰ってくるはずです」


 女性がサムの知己であることがわかると、リーゼは柔らかな笑みを浮かべて女性に応じた。

 しかし、女性はリーゼの言葉に、困ったように顔を曇らせてしまう。


「そ、そんな、私にはあの子に会う資格がないのです」

「……どういう意味でしょうか?」


 サムを「あの子」と言ったことから、親しいのではないかとリーゼたちが思う。

 だが、女性の態度は親しい人間に会いにきた雰囲気ではない。

 リーゼたちも戸惑いつつあった。


「私には、あの子に合わす顔がないのですが、その、最近、あの子に婚約者ができたと耳にしてしまい、気になってしまったのです。せめて、遠目からでも、一目見ることができればと思い」

「――あなたのお名前を教えてください」


 一度、問うたが結局聞けていなかった女性の名を再び尋ねた。

 女性は迷った末、恐る恐る口を開いた。


「……メラニー・ティーリングと申します」

「――メラニー様ですか? どこかで、そのお名前を聞いたことが」


 リーゼはどこかで、彼女の名を耳にしたことがあった気がした。

 彼女以外の女性たちも同じだったようで、それぞれ記憶を探り始める。

 そして、最初に思い出したのはアリシアだった。


「サム様のお母様と同じお名前ですわ」


 アリシアの言葉に、女性が頷いた。


「かつては、メラニー・ラインバッハと名乗っていました」

「――まさか、そんな」


 ここまで聞けば、女性が誰なのか想像するのは容易かった。

 メラニーはリーゼたちの予想を肯定するように、告げた。


「私は、サミュエルの母です」



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