27「ギュンターの婚約者です」③
ツッコミを入れたサムは、ギュンターとクリーを落ち着かせることに専念した。
本人は気にしていないのだが、いつまでも妊婦のリーゼを立たせておくのも嫌だったので、落ち着いた場所で改めて話をしようと提案したのだ。
食堂に向かおうとすると、「あの」ギュンターの婚約者が屋敷に来ていると聞きつけた、ジョナサンとグレイス、エリカ、そしてサムの婚約者たちが集まってきた。
賑やかになった食堂で、クリーがウォーカー伯爵家の面々に挨拶をする。
「改めて、ご挨拶させていただきます。クリー・ドイクと申します」
スカートの端を摘んで丁寧に挨拶するクリーは、とてもじゃないが先ほどまでギュンターの下着の匂いを嗅いで恍惚とした表情を浮かべていた少女と同じには見えなかった。
クリーの過激な一面を知っているサムとリーゼは苦笑いを浮かべ、ギュンターは引きつった顔をしてどこか怯えているようだった。
「――ほう、あのドイク男爵家のご令嬢だったか。お父上とは親しくさせていただいている」
「ウォーカー伯爵様のお話も父から伺っております。かつて戦場で命を救われたと、それは感謝していると同時に、伯爵様の強さに感激していました」
「いやはや、懐かしい話だ。さあ、そう固くせずともよい。君は友人の娘であり、ギュンターの婚約者でもあるのだ。我が家にとっても家族同然だ」
「温かいお言葉に感謝いたします」
クリーの父親とジョナサンは知己のようだった。
彼はクリーのことを気に入ったのだろう、目を細め、娘を見るような視線を向けている。
だが、そんなジョナサンの対応を気に入らないものがいた。
言うまでもない、ギュンターだ。
「待ってください、おじさま! 僕はこの変態と結婚するつもりはありません!」
「まさか、ギュンターの口から変態という言葉が飛び出す日が来ようとは……鏡を見ろ、と声を大にしていってやりたいところだ」
「――ですよねー」
ジョナサンの意見にサムも同意した。
「もう言っているではないですか! そうではなく、人の下着の匂いを嗅いで悦に浸るような小娘と結婚なんてするつもりはないと言っているんです!」
「――お似合いではないか?」
「なぜですかっ!?」
納得のできないギュンターのようだが、彼を覗く他の面々がクリーとお似合いだと肯定するように頷いている。
「僕は、こんな変態小娘なんてごめんですよ!」
「……なあサム。ギュンターは本気で言っているのか? それともツッコミ待ちなのだろうか?」
「おそらく後者だと」
「私も同感だ」
サムもジョナサンは、ギュンターがツッコミ待ちだと判断した。
まさか、日々あれだけの変態行為をしながら、自身は変態の自覚がない――なんてことはありえまい、と思ったのだった。
「お父様、サム、ギュンターが変態かどうかなんて今更じゃない。それよりも、私たちは気になることがあるのよ。ねえ」
リーゼがそう言い、女性陣に顔を向けたので、サムもつられて視線を移す。
すると、グレイスをはじめとした女性陣が、瞳をキラキラと輝かせて、なにやら期待に満ちていた眼差しを向けていた。
彼女たちの視線は、幼いクリーに向けられている。
「クリー様はギュンターとの結婚に前向きだとお聞きしましたのですが、もしかして?」
女性陣を代表して問いかけたリーゼに、クリーが恥ずかしそうに顔を赤らめて小さく頷いた。
不思議だ。こうしていると、年頃の女の子にしか見えない。
「どうぞわたくしのことはクリーとお呼びください。はい、お恥ずかしながら、以前からギュンター様のことをお慕いしていたのです」
少女の真っ直ぐな言葉に、女性たちが「きゃー」と黄色い悲鳴をあげる。
いつだって女性は恋愛話が大好きなのだ。
「クリーはまだ十二歳だったはず。ギュンターとの出会いはいつ?」
花蓮が手を挙げ質問をする。
「実は、二年前になります」
「うわぁ、それじゃあ、十歳の頃に?」
クリーに負けず、頬を隠して興味津々に問うのは水樹だった。
「はい。お会いしてすぐに、お慕いしてしまいました」
「素敵ですわ!」
アリシアも興奮気味だ。
(まさか十歳で一回り年上のギュンターに惚れちゃうなんてすごいな。ていうか、ギュンターがめっちゃ首を横に振ってるのが気になるんだけどぉ)
もしかしたらギュンターはクリーとの出会いに心当たりがないのかもしれない。
千切れんばかりに首を横に振っているのだが、恋話をはじめてしまった女性陣は見向きもしてくれない。
ジョナサンはギュンターの様子に気づいたようだが、放置することを決めたのか優雅にお茶を飲んでいる。
そして、サムも、そっと目を逸らした。
その間にも、女性陣の話は盛り上がっていく。
「宮廷魔法使いとしての任務で、ドイク男爵領を訪れたギュンター様と出会ったことがきっかけでした」
「どんな出会いですの?」
「当時、ドイク男爵領では大量発生したモンスターに悩んでいました。もちろん、冒険者を雇い、騎士団も派遣していただいていましたが、あまりよろしくない状況が続いていたのです。そんな男爵領をお救いになってくださったのが、ギュンター様なのです」
「……意外。ギュンターがまともに仕事している」
「花蓮君、君も失礼だね! 僕はいつだってまともさ!」
女性たちの声が耳に届いたらしく、抗議の声をあげたギュンターだったが、無視された。
「当時のわたくしは、お恥ずかしながらお転婆でして、父のために、領民のために力になりたいと思っていました。珍しいスキルを持っていたことから、なんでもできると思い込んでいたのです。モンスターとも戦える、そんな傲慢なことさえ抱くようになっていました」
暗い顔をするクリーを責める声はない。
誰でも一度は通る道だ。
サムだって魔法を覚えたてのときは、自分のことを天才ではないかと傲慢になり酷い失敗をしたことがある。
ウルのおかげで事なきを得たが、彼女に「反省しろ」とげんこつを食らったのは、苦い思い出だった。
「あろうことかわたくしは、モンスターを倒そうと単身で挑んでしいました。しかし、実際はモンスターを前にして恐怖で動くこともできず、死んでしまうのかと自らの行いを後悔したとき――ギュンター様が颯爽と現れお助けになってくださったのです!」
「……どうしよう、まったく覚えていない。二年前……は、ウルがいないせいで禁断症状が出ていた頃だったね。モンスター討伐で、持て余した感情を発散させていた記憶はあるが、この変態娘と会ったことがあっただろうか? いや、誰かの危機ならそれこそ数え切れないほど助けていたんだが」
色々聞き逃せないことを言っていたような気がするが、やはり覚えのないギュンターのようだ。
「ふふっ、ピンチを颯爽と救われるなんて、ギュンターもやるわね」
「物語のようですわ!」
「危険だけど、女の子なら憧れるシーン」
「あははは、クリーちゃんに怪我がなくて何よりだよ」
女性陣もクリーの話に満足しているようだ。
そして、感情を昂らせたクリーはその時を思い出すように、手に汗握り続けた。
「わたくしは、そのとき決意したのです――この方の子を孕もうと!」
拍手が響き渡り、クリーが恥ずかしそうに一礼する。
しかし、ギュンターはどん引いているし、ジョナサンも引きつった顔をしている。
そしてサムも、
「……なんて末恐ろしい十歳なんだ。このときから片鱗は見せていたってことなんだろうねぇ」
途中までは良い話だったのだが、最後の決意でちょっと引いてしまった。
そんな男性たちに対して、
「わかるわぁ」
と、拍手している女性たちが、理解を示しているのがなんともいえない光景だった。
(ま、いろいろな意味でギュンターとお似合いだな)
突っ込みどころはいくつかあったが、一途にギュンターを想っていることはいいことだと思う。
サムは、ギュンターがうまい具合にクリーと結ばれて、自分へのアプローチをやめてほしいと切に願うのだった。
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