28「王弟様のお屋敷です」①
「はははははっ、実に愉快ではないか。あのギュンターを手玉に取ることができる少女とはな。余もその場に居合わせたかったものだ」
「次回があればお誘いします」
「ぜひそうしてくれ」
痛快だと言わんばかりに笑うのは、スカイ王国国王のクライド・アイル・スカイだった。
彼とサムから、先日のギュンターとクリーにまつわる一件を聞き、声を大にして笑っていた。
「余としては笑い話だが、そなたは大変だったのではないか?」
「ええ、とても大変でした。ギュンターは屋敷に帰りたくないと駄々をこねますし、クリーはそんなギュンターを見て興奮しますし」
結局、イグナーツ公爵とドイク男爵がふたりを回収しにくるまで慌ただしい時間が続いた。
ちなみに、公爵も男爵も、子供たちが他所のお宅で騒いだこともあり深々と謝罪していたのが印象に残った。
公爵に至っては、サムに「すまないが息子を頼む」と言い残した。
いったい彼の言う「頼む」が何を意味するのか、サムはわからず、また考えないようにした。
そして、ふたりのお見合いの翌日、ギュンターの抵抗虚しく、イグナーツ公爵は次期当主であり息子のギュンターの婚約者をクリーだと大々的に発表してしまったのだ。
それ以降、ギュンターは部屋に引きこもってしまっている。
「もう、お父様ったら、あまり大きな声を出すと正体がばれてしまいますわ」
この場には、サムとクライドの他に、もうひとりいた。
美しい白髪を伸ばした、サムよりも少し年上の少女――ステラ・アイル・スカイ第一王女だ。
「そうであったな、すまぬ、すまぬ」
「お父様は少し浮かれすぎです」
「そう言ってくれるな。久々の外出なのだぞ」
サムがクライドやステラと会うときの大半が王宮だったが、本日は王宮の外にいた。
理由は、サムに与えられるクライドの亡き弟の屋敷を訪れるためだ。
当初の予定では、クライドではなく臣下がサムを屋敷に案内する予定だったが、クライドの希望で国王自らが案内してくれると決まったのだ。
せっかくなのでステラも一緒になり、サムは婚約者とその父親と三人で仲良く王都を歩いていた。
「最近、執務が忙しいゆえ、こうして羽を伸ばせるのは嬉しい事だ。娘と、娘婿と一緒に、人気がないのでこうして堂々と散歩できる」
「体を動かすことはいいことです。最近のお父様はなにかとお忙しそうでしたので、母も体調を崩すのではないかと案じていました」
「心配には感謝するが、そこまでか弱くはないぞ。だが、息抜きは必要だ」
三人は、貴族たちの屋敷が密集する、通称貴族街を歩いていた。
無論、離れた場所に陰ながら王族であるふたりの身を守る護衛はいる。
さらに、この場に人を寄せ付けないように、離れた場所で交通整理など行われていた。
万が一の事態には護衛が動くが、不幸にも最悪の事態になったとしてもクライドとステラの近くにはサムがいる。
よほどのことがない限り、ふたりに危害を与えることは難しいだろう。
クライドは、久しぶりに気のままに王都を歩けることを満足そうにしている。
馬車を使わず、自分の足で歩いているのも、このような些細な時間を味わいたかったからだ。
同じく、最近では勉強だけではなく、乗馬や剣術を学び始めたステラも、人気がないとはいえ王宮の外の景色を新鮮そうに味わっていた。
ステラが物珍しそうに周囲を窺っていると、そっとクライドがサムに近づいてくる。
「ところで、サムよ。先日、コーデリアに絡まれたそうだな」
「……はい」
「レイチェルの婿になれと言われたようだな。すまなかった、コーデリアに代わり謝罪する」
サムは、驚きに目を見開いた。
まさかコーデリア第二王妃からレイチェル第二王女の婿になるよう言われたことを、国王が知っていたとは思わなかった。
平穏な日々に波風を立てたくないので、黙っていたのが、どうやら筒抜けだったらしい。
おそらくコーデリア王妃の率いているメイドか騎士に国王側の人間が紛れているのだろう。
「いいえ、そんな。国王様が謝る必要なんて」
「妻のしたことは余の責任だ。……あれは娘に甘い。レイチェルも甘やかされて育ったせいでわがままに、いや、余も悪いのだ。重ねてすまなく思う」
「いえ。謝罪などなさらないでください」
「安心しろ、というのはおかしいが、コーデリアはもうそなたに興味がないらしい。もともとレイチェルに頼まれたことと、宮廷魔法使いを駒にしたいと考えていたようだが、そなたが言うことを聞かぬと悟ったのだろう。コーデリアは傲慢なところがあるが、愚か者ではないゆえ」
口にはしないが、コーデリアにもう絡まれなくていいならなによりだ。
「レイチェルに関しても、父親がこういうのもあれだが、他人のものを欲する悪癖がある。今回は、きつめに窘めておいた。今後、あの子がそなたを煩わせることがないことを祈る」
「失礼ながら、俺もそうあってほしいと思っています」
「そなたがコーデリアたちのことを余やウォーカー伯爵に言わなかったのは気遣ってくれたゆえだと思うが、もし次に同じようなことがあれば、余たちのためにも言ってほしい。そなたは、我が息子となるのだ。遠慮など要らぬ。むしろ、こちらが迷惑をかけているのだから、遠慮されては申し訳がない」
「ご配慮感謝します。以後、気をつけます」
クライドに窘められたサムは、素直に頭を下げた。
「――うむ。頼りないかも知れぬが、余をはじめもっと周りを頼りなさい。おお、サム、ステラ、ここだ。ここが我が弟ロイグの屋敷だ」
いずれ義父となるべき国王と話をしている内に、サムたちは目的としているロイグ・アイル・スカイの屋敷に到着したのだった。
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