21「問題も残りました」
「――おめでとう、アリシア、サム!」
アリシアを婚約者に迎えたサムは、その足でジョナサンとグレイスに報告しに向かった。
ふたりは食堂でお茶を飲んでいて、そこにはリーゼとエリカ、そして花蓮と水樹もいた。
六人は、サムとアリシアの婚約を心から祝福してくれた。
特に、自分のせいで身を引こうとしていたことを知っているリーゼの喜びようは大きかった。
ジョナサンとグレイスも、異性に対しては消極的なアリシアが、愛する少年と無事に結ばれたことを安堵しているようだった。
「それにしても、姉妹揃ってサムにぞっこんよね」
そう笑うのはエリカだ。
彼女の言う通り、長女ウルリーケ、次女リーゼロッテ、三女アリシアがサムを愛した。
そして、サムもまたその三人を愛しているのだ。
「ま、まさか、エリカ……お前もサムを?」
末娘の発言を少々誤解してしまった父が、エリカまでがサムを慕っているのだと勘違いし、慌てた。
「違うから! そりゃ、魔法使いとしてはとても尊敬しているけど、サムはあくまでもかわいい弟よ!」
エリカはあくまでもサムを弟としてかわいがっているようだ。
ジョナサンとグレイスがほっとした様子を見せた。
両親の態度も無理はない。決してサムが嫌だという意味ではない。だが、姉妹が全員ひとりの少年と結婚してしまうのは少々どうかと思うようだ。
特に、エリカは、現在縁談が良好に進んでいるため、急に破談にすることもできないという意味もある。
「でも、お父様、お母様、こういうことをおめでたい席で言うのは嫌なんだけど、ジムがアリシアお姉様のことを簡単に諦めるとは思わないんだけど?」
この場の雰囲気に水を差すことになると承知しつつ、やや躊躇いがちに口にしたエリカの言葉に、アリシアたちの表情が曇る。
「そうだな。そこが悩みどころだ」
「ギュンターのウルお姉様への偏愛ほどじゃないけど、昔からジムはアリシアお姉様に執着していたじゃない」
「こら、エリカ。一途と言ってあげなさい」
ジム・ロバートをあまり快く思っていないのか、エリカは辛口だ。
そんな末の妹をリーゼが嗜めた。
「ま、あたしからしたら、ギュンターもジムもあまり変わらないわよ」
「ギュンターのことは置いておくとして、問題はジムをどうするものかだ。縁がなかったと断るつもりであるし、先方も無理強いはしないだろう。だが、エリカの言うようにジムがアリシアを好いているのは間違いない」
サムは、ウォーカー家の話し合いに口を挟むことはしなかったが、話題が自分なことにいたたまれない顔をしているアリシアの手をそっと握る。
「……サム様」
「大丈夫ですよ、アリシア様。旦那様を信じましょう」
「――はい」
サムが笑顔を浮かべると、アリシアも笑顔を浮かべる。
そんな娘たちの様子を見て、満足そうにしているジョナサンが言葉を続けた。
「さて、どうしたものか。私が彼に謝罪するのが一番であろうが、それで受け入れてくれるものか」
「わたくしも謝罪しなければなりませんね。アリシアの気持ちをろくに確かめず、こちらだけで話を進めすぎてしまいました。反省していますわ」
「……お母様、ごめんなさい」
「いいえ、アリシアが謝る必要なんてないのです。まさか、あなたがジムを苦手と思っていたなんて……でも、思えば、あなたからジムの話を聞いたことがなかったですね。ジムはアリシアを気に入り、家であなたのことばかり話をしていると聞いていたのに。先方があなたを気に入っていることだけに満足していました。母を許してください」
「そんな、お母様は悪くありませんわ」
謝罪するグレイスに、アリシアは首を横に振った。
確かに、母は話を進める際に、娘の意見をきちんと聞かなかった。
だが、それは良縁だと思っていたからである。それに、アリシアも嫌だと言うことができなかった。
お互い様だということだ。
「あの」
あくまでも傍観に徹していたサムが、恐る恐る手をあげる。
「どうした、サム?」
「もし、よろしければ、俺がそのジム・ロバート様とお会いしてお話をしてきますよ」
「――駄目だ!」
「旦那様?」
サムの提案を即座に却下したのはジョナサンだった。
サムは困惑する。
「気持ちはありがたいが、ギュンター、アルバート、蔵人殿に続いて、ジムとまで決闘になったらどうするのだ!」
「いや、さすがにそんなことは」
「サムにその気がなくとも、相手が収まりがつかず決闘を申し込んでくる可能性がある。とくに、ジムからすればサムはアリシアを奪った男だ。冷静でいられるはずがない。さすがにグレイスの友人の息子を真っ二つにされるわけにはいかぬのだ!」
「しませんよ!」
(酷い言いがかりだ! 俺だって決闘しないくらいの分別はありますよ!)
不満に思うサムだったが、不安を覚えるのはジョナサンだけではなく、グレイスをはじめ、リーゼたち婚約者も頷いている。
「そうよね。サムは屋敷の外に出ると、揉め事を連れて帰ってくるものね」
「トラブルに愛されている」
「あはははは、うん、まあ、やんちゃもほどほどにね」
「……リーゼ様、花蓮様、水樹様まで」
婚約者たちの言葉に、サムはがっくり肩を落とした。
さすがにアリシアの幼なじみと決闘なんてありえないと思うが、多くの厄介ごとに巻き込まれてきたサムは、王都の日々を振り返ると、なんとも言えない顔をして口を閉じたのだった。
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