20「アリシア様と結ばれました」
リーゼからアリシアの想いを聞いた翌日。
やや緊張気味のサムは、アリシアの部屋を訪ねていた。
「サム様?」
ノックをすると、ワンピースに薄手のカーディガンを羽織ったアリシアが部屋から顔を覗かせてくれた。
「お話があるのですが、少しお時間よろしいですか?」
「もちろんですわ。どうぞ、入ってください。あ、でも、あまり部屋の中をみないでくださいね。綺麗なお部屋ではないのでお恥ずかしいですわ」
「失礼します」
部屋の中に招き入れられたサムは、ついアリシアの部屋の中を見渡してしまった。
よく思い返せば、彼女の部屋を訪れたのは、これが初めてだ。
たくさんのぬいぐるみがベッドや棚に、書籍が至る所に置かれているが、決して乱雑しているわけではなく整頓されている。
アリシアらしい部屋だった。
「どうぞ、こちらにお座りください」
お茶を飲む用なのだろう、小さなテーブルと、二脚の椅子があった。
サムは椅子に腰を下ろすと、テーブルを挟んでアリシアと向かい合う。
「それで、その、どうなさいましたか?」
アリシアに問われ、サムはごくりと唾を飲み込んだ。
サムは緊張していたのだ。
今までリーゼと結ばれ、ステラたちと婚約してきたサムではあったが、勢いと感情や、その場の流れに身を任せることが多かったため、こうして面と向かわなければならないことが初めてだった。
(リーゼ様を信じていないわけじゃないけど、これでアリシア様が俺のことを好きでもなんでもなかったら、なんていうか、想像したくないなぁ。ええいっ、当たって砕けろ!)
「えーと、俺は、あまり気の利いたことが言えませんし、突然こんなことを俺に言われても困ると思うんですが」
「はい、なんでしょうか? なんでもおっしゃってください」
「――俺の奥さんになってくれませんか?」
「――え?」
勇気を振り絞ったサムの告白を受け、アリシアの瞳からポロリ、と涙がこぼれた。
「あああああああっ、すみません! ごめんなさい! 違うんです!」
「……違うのですか?」
「あ、いえ、違くはないんです! だけど、その、ご気分を害されたのであれば、ごめんなさい!」
アリシアが急に泣き出すものだから、サムは大慌てだ。
だが、そんなサムの言動を見て落ち着いたのか、アリシアがハンカチを取り出し目元に押し当てる。
「ごめんなさい。急に泣いたりしてしまい……ですが、わたくし、嬉しくて」
嬉しい、その一言を聞けてサムは胸を撫で下ろした。
少なくとも、アリシアが嫌がっていないことがわかっただけでよかった。
「ですが、どうして急に――あ、お父様からお聞きしたのですか?」
「ええ、まあ」
本当はリーゼ経由で聞いたのだが、もし姉の名を出してしまったら、アリシアが必要のない気遣いをしてしまう可能性があるため出さなかった。
「それでわたくしに、ぷ、プロポーズをしてくださったのですね。ですが、まさかお父様に頼まれたからでは」
「いいえ、違います」
アリシアの懸念ももっともだが、サムは誤解させないためにもはっきりと言った。
「誰かに頼まれたからじゃありません」
「……もうご存知でしょうから隠しませんわ。わたくしは、サム様のことを心からお慕いしていますわ」
サムの言葉を本気だと受け取ってくれたアリシアが、頬を赤くしながら意を決意して自らの想いを打ち明けた。
だが、それも束の間、思い詰めた表情に変わってしまう。
「しかし、無理に結ばれたいなどと思ったことは一度もありません。サム様にご迷惑をおかけするくらいなら、いっそ修道院にでも」
「まってください。迷惑なんかなじゃないですから!」
「――え?」
修道院に、などと言われてサムが慌てる。
まさかそんなことまでアリシアが考えているとは思いもしなかった。
よほど姉たちの邪魔をしたくないと遠慮してくれているのだろう。
その過剰な気遣いがアリシアらしいが、もっと図々しくてもいいと思ってしまった。
「正直に言わせていただくと、最初にアリシア様のお気持ちを聞いた時は驚きました。まさかって。でも、嬉しかったんです」
「……サム様」
「アリシア様とお話しする時間は好きです。本の話を夢中でしているアリシア様を見ていると、つい笑顔を浮かべてしまいます。そんなあなたが望まない結婚をするかも知れないと聞いて胸が痛みました」
サムは椅子から立ち上がると、アリシアのそばに行き膝をつく。
彼女の手を取り、自らの手を重ねた。
「アリシア様が思ってくれていると知り、嬉しかったです。とてもありがたく思いました」
「で、では、その、本当にわたくしのことを?」
「はい。俺はそのつもりです」
サムの気持ちを知り、驚きを隠せずにいるアリシアに、苦笑を浮かべてみせる。
「本当なら、こういうことにはお時間をかけるべきなんでしょうけど、あまりお時間がないと伺いましたので、行動に移させいただきました」
「……サム様、本当に、わたくしでいいのですか? わたくしはサム様のことを諦めずともいいのですか?」
「婚約者が四人もいる俺でよろしければ、一緒に幸せになりましょう」
「――サム様!」
アリシアがサムの胸の中に飛び込んできた。
その勢いに、サムはアリシアを抱きしめたまま倒れてしまう形となった。
いつのもアリシアならはしたないことをしたと涙ぐむ状況だが、今の彼女は自分の体勢に気付きもしない。
嬉しさと興奮に頬を上気させた彼女は、サムを押し倒しながら、今までで一番の笑顔を浮かべてくれた。
「もちろんですわ! 末永くよろしくお願いします、サム様!」
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