第四章

1「婚約者が増えました」①




 剣聖雨宮蔵人との決闘から、一週間が経っていた。

 その間に、いろいろなことがあった。


 まず、ミッシェル家についてだ。

 ミッシェル家の新しい当主は分家からケニー・ミッシェルという青年が選ばれた。

 ユリアンの従兄弟だというケニーは、彼と違い控えめな大人しい性格をしていた。

 彼は先日、ウォーカー伯爵家に足を運び、対応したジョナサンとサムに膝を着き、従兄弟と叔母が起こした一連の騒動を謝罪した。


 ケニーは、謝罪と共にユリアンの死をサムたちに報告した。

 股間を潰され男として死んだユリアンは、サムと蔵人に腕を奪われたが、生きていた。

 母と共に屋敷で軟禁された状況で、裁かれるのを待っていたのだが、痛みと屈辱に耐えられず、屋敷の三階から身を投げたらしい。だが、死ぬことができず、体が動かせなくなってしまったという。

 そのことを哀れに思ったミザリーが、首を締めて殺害したと打ち明けた。


 最愛の息子を手にかけてしまったことでショックを受けたミザリーは、正気を失ったようだ。

 これでは裁くことも難しいと、田舎に蟄居させられたが、その後自殺した。

 なんでも、息子の名を叫びながら、何度も壁に頭を打ち付けて絶命したらしい。


 死んで当然の人間ではあったが、こうなるといっそ哀れに思う。

 ケニーは、従兄弟と叔母の死を伝えると、迷惑を被ったウォーカー家とサムに賠償を支払うと申し出があったが、丁重にお断りした。

 その代わり、ミッシェル家の人間は二度とサムたちの前に顔を出さない、と約束し、帰ってもらった。


 ジョナサンはいろいろ思うことがあるかもしれないが、サムはユリアンとミザリーにもう興味もなにもなかった。

 むしろ、リーゼを煩わせる存在がいなくなったことに清々した。


 一方、ウォーカー伯爵家は喜びに包まれていた。

 次女リーゼがサムの子を妊娠したのだ。

 リーゼの妊娠を知った伯爵家の面々は驚きながら歓喜した。

 とくにジョナサンは、謎の小躍りをはじめ娘たちにおかしな目で見られるほどの喜びようだった。

 無理もない。彼にとっては初孫だ。


 それからのジョナサンたちの行動は早かった。

 かかりつけの医者を屋敷に在中させ、常にリーゼの健康状態を管理することに決めた。

 リーゼは「大げさよ」と言っていたが、ジョナサンにサムが便乗し、婚約者を過保護に扱っていた。

 そんなサムと父にリーゼは苦笑しつつも、大事にされている実感があるようで喜んでいる。

 グレイスももちろん、アリシアとエリカもリーゼの妊娠を心から祝福していた。


 気の早いジョナサンは、子供の名前をなににするかともう考え始めている。

 グレイスはそんな夫を嗜め、まずは性別がわかってからにするべきだと言いつつも、男の子の名前と女の子の名前を一緒になって考えている。

 彼女にとっても初孫であるため、楽しみでならないのだろう。


 そんなウォーカー伯爵家にお祝いの品を持って現れたのは、ギュンター・イグナーツだ。

 彼はリーゼに嫉妬することなく、懐妊を心から祝福してくれた。

 意外と普通の反応だったギュンターに、サムが安心していると、その日の夜、ベッドにネグリジェ姿で侵入していた彼に「次は僕の番だね」とウインクされ、本気で魔法をぶっ放したのはどうでもいい一幕だった。


 翌朝、何事もなかったようにウォーカー家の食堂で朝食を優雅にとっていたギュンターに、そろそろ真面目に対応をしないとやばい、と危機感を覚えるサムだった。


 そんな慌ただしくも賑やかな一週間があっという間に経ち、ウォーカー伯爵家も落ち着きを取り戻していた。

 サムは訓練のため中庭に向かおうとしていると、メイドのマリーが声をかけてくる。


「あ、サム様。花蓮様がお戻りになりましたよ」

「花蓮様が? あ、はい、じゃあ出迎えてきます」


 この一週間、花蓮は家族の時間を邪魔するつもりはないと実家に戻っていた。

 リーゼと親しくなった花蓮だが、気を遣ってくれたようだった。

 サムとリーゼは、そんなに気を使わなくてもいいと言ったのだが、なにやら木蓮に報告することもあると言っていたので、都合が良かったらしい。

 サムが玄関に向かうと、大きな荷物を背負った花蓮がいた。


「お久しぶりです、花蓮様」

「ん。一週間ぶり。リーゼの具合はどう?」

「お元気ですよ。顔を見せてあげてください、喜びます」

「ん。そのつもり」

「それにしても、ずいぶんと荷物を持ってきましたね」

「リーゼへの土産もある。あと、私物を持ってきた。今日から改めてお世話になる」


 なんだかんだ一ヶ月ほど、ウォーカー伯爵家で生活していた花蓮は、家族同然だった。

 ジョナサンとグレイスも娘がひとり増えたみたいで嬉しい、と暖かく迎え入れてくれていた。

 サムがそうだったように、伯爵家の人たちの優しさに花蓮も感謝したと思う。


「えっと、じゃあ旦那様たちにもご挨拶、ですよね」

「ん。でも、その前にサムにちゃんと言っておかなければならないことがある」

「俺にですか? はい、なんでしょうか?」


 花蓮は荷物を置くと、サムに向かってぺこりと頭を下げた。


「今日から婚約者として改めてよろしく」

「――んん?」


 急にそんなことを言い出した花蓮に、サムは驚いた変な声を出してしまった。



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