2「婚約者が増えました」②




「ど、どういうことですか?」


 サムの思い違いでなければ、花蓮はサムと結婚するつもりはなかったはずだ。

 あくまでもよい友人としてここ一ヶ月ほど過ごしていただけに、驚きを隠せなかった。


「サムの力を見抜けなかった自分が恥ずかしい」

「い、いえ、そんなことはありませんよ」

「わたしの目は節穴だった。まさかあの剣聖とあそこまで戦えるなんて。最後のウルリーケの魔力を使ったときなんて、総毛立って感動した」

「まだ試験的なものですけどね」

「あれで未完成なら、完成したときが楽しみ」

「俺もです」

「つまりそういうこと」

「はい?」


 急にサムの力の話になったので、首を傾げつつも会話を重ねていく。

 そして思い出した。


(そういえば、花蓮様って強い人じゃないと結婚しないって言っていたよね。つまり、まさか)


「サムはいい男だと思う」

「え? あ、はい、どうもありがとうございます?」

「リーゼへの接し方を見ていれば、サムが愛情深い人だということもよくわかった。そんなサムとなら、一緒に歩みたいと思った」

「……えっと、つまり」

「私はサムに惚れた。強さだけではなく、サム自身に。だから結婚したい。どうか、わたしを受け入れて欲しい。あ、リーゼの許可はもらってあるから心配しなくていい」


 告白されてしまい、サムは驚いた。

 ただ、少しだけ嬉しく思う。

 強い人間を求めていた花蓮の口から、強さだけではなく自分自身に惚れてくれたという言葉は、サムのことをちゃんと見ていてくれたということだ。

 サムは苦笑して返事をした。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「――いいの?」


 サムが承諾したことに、花蓮が目を見開いた。

 花蓮のことをあっさり受け入れることができたのは、自分でも驚いているが、思い返せばこの一ヶ月家族として、良き友人として生活していたのだから、受け入れる下地はできていたんだと思う。

 彼女と培った時間をなかったことにして断ることなんてできない。


「花蓮様はリーゼ様によくしてくれて、ことみちゃんのために魔導書を持ってきてくれる優しくて気遣いのできる人だと知っています。そんな素敵なあなたを、俺はもう家族だと思っていますから」

「――ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 サムに受け入れられた花蓮は、はっきりと笑顔を浮かべた。

 彼女の笑顔は、とてもかわいらしく、サムは目を奪われる。

 しかし、すぐに笑顔を消してしまうと、サムの肩をぽんと叩き、


「じゃあ、次を頑張ってね」


 そんなことを言った。


「え? 次?」


 なんのことだかわからず、首を傾げるサムの背後を指さした。


「ん」


 すると、屋敷の前には、


「やあ、サム」

「え? 水樹様?」


 荷物を持った雨宮水樹が小さく手を振っていた。

 サムが彼女のもとに駆け寄った。


「水樹様、どうしましたか?」

「久しぶりだね、サム。今日からこちらでお世話になるからよろしくね」

「はい?」


 水樹が屋敷で暮らすことを何も知らなかったサムが、疑問符を浮かべる。


「あれ? 伝わっていないのかい? 僕も花蓮殿のように、今日からこちらでお世話になるんだよ。――婚約者としてね」

「はいぃいいいいいいいいいいい!?」


 花蓮に続き、水樹までも婚約者になるなど予想外にも程がある。


「ちょ、ちょっと、どういうことですか?」


 花蓮は見合いをしていたし、一緒に過ごしていた時間もあったので受け入れやすかったが、水樹はそうではない。

 彼女がいい人だということは知っているが、婚約者になるような関係ではなかったと思う。


「そんなに喜ばなくてもいいじゃないかな。リーゼは身重だから助けがいるだろう? 僕なら気を使わなくていいと思ってね」

「ちょっと待ってください。リーゼ様を気遣ってくれるのは嬉しいのですが、え? 婚約者ってなに?」


 蔵人との決闘以降、一週間ぶりに顔を合わせた水樹がなぜ自分の婚約者になっているのか理解ができない。

 いつの間にそんな話になっていたのだろうか、とサムは首を傾げる。

 そんなサムに、申し訳なさそうに苦笑いした水樹が告げた。


「君はこういう言い方をするとおもしろくないかもしれないけど――人質ってことさ」


 人質、という言葉は穏やかではない。

 眉を顰めるサム。


「どういう意味ですか?」

「父上が二度と馬鹿な真似をしないように、僕が父上と同じことをしないように、抑止力となりえる君に預けてしまおうってことさ」

「水樹様はそれでいいのですか?」


 誰が決めたのか知らないが、あまりにも水樹の意思を無視しすぎているように思えた。

 これが家同士の結婚などだったら、まだ受け入れる余地があったが、人質などと言われて素直に受け入れることは難しい。

 しかし、水樹はなぜか頬を赤く染めてはにかんだ。


「あー、うん、ちょっと恥ずかしいけど、サムが旦那様になってくれるのは嬉しいかな」

「あ、はい」


 想像していたのと違った返答に、サムの張り詰めていた空気があっけなく霧散してしまう。


「サムのことは嫌いじゃないし、どちらかといえば好みだよ。なによりも君には父上を殺さないでくれた恩もある。迷惑をかけてしまった罪悪感もね」

「水樹様が気にすることじゃありませんよ」

「そう言われても、父のしたことだから気にしてしまうさ。もちろん、形だけの妻ではなく、誠心誠意尽くさせてもらうよ。あ、リーゼが一番なのはわかっているから安心して」

「いえ、別にそういうことを心配しているわけじゃないですけど」

「形だけの関係じゃなくて、ちゃんと奥さんとして受け入れてもらえるように色々頑張るから、末長くよろしくね」

「よ、よろしくお願いします?」


 どうやら水樹は嫌々サムの婚約者になったわけではないようだ。

 人質という役割もあることは間違いないのだろうが、彼女は彼女なりに納得してここにいる。

 ただ、突然すぎる展開に、サムの頭がついていかない。


「ふふっ、父上とサムが決闘したときにはどうなるかと思ったけど、ちょっとだけ父上に感謝かな。サムと僕との子供が将来どんな風に成長するのか楽しみだよ」


 そう晴れやかに笑う水樹の笑顔に、サムはなにも言えなかった。

 ただ、困惑はしているが、嫌ではない。

 そう思うようになったのは、貴族としての自覚が生まれたからなのか、それとも単純に可憐な少女が婚約者になるのが嬉しいのか。


(とりあえず、あとでリーゼ様に土下座しよう)


 遠い目でそんなことを考えるサムに、ことの成り行きを見守っていた花蓮も水樹同様に期待した声を出す。


「わたしも楽しみ。きっとかわいくて元気な子が生まれる」

「そうだね。リーゼもきっと元気な子供を産むだろうし、シャイト家は安泰だね」


 そんなことを言うふたりに、「あはははは」とサムは笑うしかない。

 気がつけば婚約者が四人になってしまったサムは、「異世界に転生してから女性と縁があるなぁ」と呟いたあと、「はぁ」と大きくため息をついた。


 ただ、彼女たちとの縁が嫌なわけではなく、嬉しく思うサムだった。



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