54「全力です」①




 緋色の魔力が天に届く勢いでサムから放出された。

 その勢いと魔力量は凄まじく、とてもひとりの人間が解放したものとは思えないものだ。

 ギュンターが決闘のために頑丈に張り巡らせていた結界が、音を立て粉々になった。

 誰もがその魔力の強さに防御の姿勢を取る。それは剣聖蔵人も同じだった。

 足に力を入れていないと吹き飛ばされてしまうほど、魔力の放出は凄まじかった。


 どのくらい魔力放出が続いたのか、緋色の渦の中に誰かの姿が見えた。

 サムではない。

 小柄なサムとは似つかない、シルエットは背の高い女性のように見えた。

 ならばサムはどこに消えた、と誰もが疑問に思う。

 それぞれが魔力の渦を見守っていると、放出された魔力が弱くなっていくのがわかった。


 天に届いていた魔力の渦が細くなり、やがて消えていく。

 緋色の魔力が消えると、そこにはサミュエル・シャイトの姿がなかった。


「――ウルリーケ?」


 茫然とその名を呼んだのはギュンターだった。

 彼はまるで幽霊でも見てしまったように、目を見開き驚愕して体を小刻みに震わせている。


「う、ウル姉様!? どうして!?」


 驚きを隠せないのはリーゼや花蓮、水樹、そしてサムと相対していた蔵人も同じだった。


「そんな馬鹿なことが、彼女は亡くなったはず、いや亡くなっているんだ!」


 サムの代わりにいたのは、燃えるような緋色の髪を伸ばし、スタイルのいい長身の女性だった。


 彼女の名は――ウルリーケ・シャイト・ウォーカー。


 かつてスカイ王国で宮廷魔法使い第三席の地位にいた天才魔法使いであり、サムの師匠だ。

 そして、すでに故人だった。


「サムはどこ? どうしてウル姉様の姿が――ま、まさか」


 誰よりも早く察したのはサムの婚約者であるリーゼだった。

 目の前の女性は間違いなく亡き姉に見える。

 だが、身につけている衣服や、たたずまいと雰囲気は最愛の少年のものだった。


「サムなの?」

「ええ、俺です」


 返ってきた声は間違いなくサムのものだ。


「おい、ギュンター。結界を貼り直してくれよ」

「さ、サム?」

「ん? ああ、なんだ、姿が変わっちゃったのか。予想していないわけじゃなかったけど、これには驚きだ。でも、これが適切なんだろうな。ま、それよりも結界を貼り直してくれよ。かなり厳重に頼む。今から、ここをぶっ壊すつもりで戦うからさ」


 姿がウルになっていることを特に気にした様子も見せないサムに対して、一同は驚いたままだ。

 とくにギュンターは思い人の姿に呼吸を荒らげて、目を血走らせている。


「わ、わかったが、それよりもなぜサムがウルリーケの姿をしているんだい? 僕を喜ばせたいのはわかるけど、時と場合を考えてほしいと言わずにはいられない」

「別にお前を喜ばせるためじゃねーよ」

「で、では、もうひとつだけ、なぜ君からウルの魔力を感じるんだい? 今の君からはサミュエル・シャイトの魔力とウルリーケ・シャイト・ウォーカーの魔力を感じ取れる」

「それは、俺がウルのすべてを継承したからだ」

「それは知っている――いや、まさか彼女の魔法だけではなく、魔力まで受け継いだと言うのかい? 君は、ひとりの体にふたつの魔力を宿しているのか!?」

「そういうこと」


 本来なら、ひとりの体にふたり分の魔力があることは異常だ。

 ふたり分の魔力量ならまだしも、ふたつの魔力を持っているのはありえないことだ。

 しかし、それを可能にしたのが、ウルがサムに使った継承魔法だ。

 継承魔法と、サム自身にウルの魔力を宿す空き容量があったからこそ成功しているのだ。


「いろいろ聞きたいことはあると思うけど、説明は後にしてくれ。ウルの魔力はじゃじゃ馬でさ、そう長い時間使ってられないんだ」

「必ず説明を、いや、説明などいらないさ。ウルは君にすべてを、本当にすべてを託したんだね」

「――ああ」

「ならよかった。彼女は間違いなく君の中で生きている。それがわかって本当によかった。もう僕が言うことはないにもない、いや、あった、そのおっぱいが本物かどうか確かめたい、揉んでいいかな?」

「駄目に決まっているだろ! 真面目なことするなら最後まで貫けよ! 欲望隠せよ!」

「冗談さ。さて、君の限られた時間を邪魔するのも心苦しい。その力でさっさと剣聖を倒してしまうといいよ」

「言われなくてもそうするよ」


 まったく、とこんなときでも態度を変えないギュンターにサムは苦笑した。

 そして、最愛の人に視線を向ける。


「サム」

「リーゼ様。ウルの姿であなたの前に立つのはちょっと変な気分です」

「私もよ。言いたいことも聞きたいこともたくさんあるけど、今はひとつだけ――勝ってね」

「もちろんです。見ていてください、俺の全力を」


 サムはリーゼにそう告げると、背中を向けた。

 律儀なことに蔵人は、会話を邪魔せずにいてくれたのだ。


「わざわざ待っていてくれて悪いですね」

「いいえ、万全の君と戦いたいからです。……しかし、驚きを隠せません。まるで彼女本人と相対しているようです」


 驚きながらも、これから始まる戦いに期待したように剣聖は笑った。

 サムも笑い返す。


「当たり前さ。今の俺は、サミュエル・シャイトであり、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーでもあるんだから。で、覚悟はいいか?」

「――ええ」

「もうあんたを殺さないなんて甘いことは言わない。全力で戦ってやる」

「ぜひそうしてください。とても楽しみです」


 サムがウルの姿で拳を構え、魔力を高めた。

 緋色の魔力が渦となってサムを包み込む。


「いくぞ、剣聖雨宮蔵人」


 蔵人が刀を構えた。


「来なさい、サミュエル・シャイト」


 次の瞬間、サムの姿が消えた。



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