55「全力です」②




「――な」


 サムが消えたと同時に、剣聖が目を見開いた。

 彼の動体視力を持っても、サムの動きがわからなかったようだ。


「隙だらけだよ」


 蔵人の懐に潜っていたサムが、拳を振るう。


「しまっ」


 対応しようとする蔵人よりも早く、サムの拳が彼の腹部に突き刺さる。

 爆発的に強化された身体能力は今までの比ではない。

 ふたり分の魔力によって強化された膂力から繰り出される一撃は、蔵人の内部にまでダメージを与えた。


「――かはっ」


 苦悶の表情を浮かべ、血を吐き出す蔵人だが、さすが剣聖と言うべきか、その状態で刀を横に薙いだ。

 が、サムの指が彼の刀を易々と掴む。


「……馬鹿な」


 再び驚愕に顔を染めた蔵人の腹を蹴り上げ、宙に放る。

 なすがまま宙を舞った剣聖に、サムは人差し指を向けて子供のように笑った。


「――ばんっ」


 刹那、高密度に凝縮された緋色の魔力が、一筋の光となって放たれる。

 咄嗟に宙で身を捩ったことで、蔵人はサムの一撃を避けることに成功した。

 だが、彼の背後にある道場が、緋色の閃光によって、斬り裂かれ爆散した。


「……素晴らしい」


 地面に着地した蔵人は口周りを赤く染めながら、サムを称賛する。


「本来ならありえることのないふたつの魔力、それもひとつひとつが規格外の魔力だというのに、君は同時に操っている。いや、融合させてひとつにしているのでしょうか?」

「ま、そんなところです」

「身体強化魔法も今までの比ではないほど強固なものとなっているようですね。さらに厄介なのが、予備動作も詠唱もなく上級攻撃魔法に匹敵する一撃を撃つことまでできる」

「ま、今のところはそのくらいしかできないんだ。ウルの魔力が強すぎて、下手したらみんなを巻き込んでしまうから。でも、あんたを殺すには十分すぎる」


 蔵人の推測は間違っていない。

 もっと正確に言うならば、サムの魔力とウルの魔力を掛け合わせているのだ。

 そのおかげで、単純に倍の魔力ではなく、倍以上の魔力を使うことができる。

 膨大すぎる魔力を使用した身体強化魔法は、剣聖を動きを上回ることができるほどであり、ただの魔力砲撃は強力な破壊力をもたらしてくれる。

 ただし、消耗は大きいし、制御も難しい。


「――ふ、ふふ、ふふふふふ」

「楽しいだろ?」


 血を吐き出しながら楽しそうに、嬉しそうに笑う剣聖に、サムも笑った。


「ええ、とても楽しいです。こんな、こんなにも命の危険を感じたのは、初めてですよ」

「安心しろ、ちゃんと最後まで殺してやる」

「ふふふ、ふははははははははははははははっ!」


 蔵人は笑いながらサムに肉薄し刀を振るう。

 その斬撃は、今まで以上の速度であり、威力だった。

 蔵人も全力を出したのだとはっきりわかる。

 しかし、サムはそのすべての斬撃を、余裕を持って避け、素手で撃ち落としていく。

 そして、次は自分の番だとばかりに、拳と足を繰り出し、緋色の砲撃を連続で撃った。


 地面が抉れ、屋敷の壁に大穴が開き、半壊した道場が全壊する。

 破壊の化身となったサムだが、蔵人も負けていない。

 全力で回避に専念したかと思えば、サムが魔力を持て余し若干できるわずかな隙を縫うように刀を振るってくる。

 狙われているのは、目や眉間、喉や心臓など急所となり得る部分だ。

 サムもその攻撃を全て、躱し、弾いていく。


 攻防は終わらない。

 緋色の閃光をまとめて撃つと、さすがの剣聖も回避のみに切り替えた。

 サムは閃光を放つと同時に、地面を蹴る。

 地面が陥没し、サムの姿が再び消えた。


「――く」


 再びサムの姿を見失った蔵人が、刀を構え一回転する。

 どの方向から襲われてもいいように対応したのだ。

 だが、


「遅いよ」


 すでにサムは蔵人の背後に回っていた。

 そのまま彼の腕を掴むと、


「――しま」

「――キリサクモノ」


 この決闘ではじめてスキルを解放した。

 次の瞬間、蔵人の左腕の肘から下が斬り裂かれて宙を舞った。


「父上っ!」


 水樹の悲鳴が響く。

 だが、サムは彼女の声を無視して、片腕を失い動きを止めてしまった剣聖に肉薄した。


「さようなら、剣聖雨宮蔵人。天国でウルによろしく」


 蔵人の首に向けて緋色の魔力で限界を超える強化をされた手刀が繰り出された。


「やめてぇえええええええええええええええええええええっ!」


 水樹の絶叫が響き渡る中、蔵人は諦めでも、嘆きでもなく、嬉しそうに穏やかに微笑んだ。


「――キリサクモノ」


 サムは手を止めることなく、横一閃にスキルを解放した。



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