53「剣聖と決闘です」③
魔力をすべて身体強化魔法に回した。
魔法を撃つ隙はない。
大技を食らってくれるような相手でもない。
ならば、このまま肉弾戦で剣聖を上回るしかない。
「……先ほどよりも比べ物にならないほど速い。これは少々捌くのが大変そうです」
(――この野郎)
まだ余裕のある剣聖の声に、腹が立ったと同時に、唇が吊り上がる。
こんなに苦戦しているというのに、痛い思いをして、婚約者に心配をかけているというのに、どうしても笑みを浮かべるのをやめられない。
この命のやりとりが、生きていることの喜びを与えてくれる。
普段、リーゼたちとの手合わせとは違う、まさに殺し合い。
――楽しかった。
「笑っていますね、サミュエル君」
「あんたこそ、笑っているじゃないか」
「ふふふふ」
「はははは」
「ふふふふっ」
「あははははははははははっ!」
水神拳を纏うサムと、刀を構える蔵人が、笑いながら攻防を続ける。
サムは斬られても、決して引くことなく、構わず仕掛け続ける。
規格外の魔力を使い全力で強化した身体に、致命傷を与えることはさすがの剣聖でもできないようだ。
蔵人も手を休めることなく攻撃を仕掛け続けてくる。
刀で、ときには腕でサムの攻撃を打ち落とし、隙あらば斬撃を飛ばしてくる。
一撃たりともサムから攻撃を食らわないよう、神経を尖らせているのは、一重にサムの攻撃力が高すぎるからだ。
剣技が優れ、優勢に勝負を進めている蔵人であっても、魔法に関しては身体強化魔法を少し使える程度だ。
防御力、攻撃力の面では、サムに大きく劣っていた。
一度でも、有効打を食らえば、優勢が逆転し敗北してしまうのがわかっているのだろう。
ゆえに彼は足を止めず、刀を振るい続ける。
(――やばいっ、勝てる手段がない。攻撃が当たらないし、届かない。想定していたよりもずっと面倒な相手だ!)
サムは蔵人とぶつかりながら、内心舌打ちをした。
得意の飛翔魔法も使えない。
大技も駄目だ。
甘いことだとわかっていても、スキルも使いたくない。
(このままジリ貧になるのもまずい)
すでに全身に裂傷を負い、気づけば服を血で重く濡らしている。
地面には血が滴り、砂利を濡らしもしていた。
蔵人の身体も所々赤い。そのすべてが、サムの返り血だった。
「あーっ、ちくしょう!」
腕を大振りし、蔵人を引き離すと、低く跳躍して距離を取る。
蔵人は追撃してこない。
見逃された、と思うと忌々しく思う。
「勢いが落ちていますよ。君がまだ本気ではないことはわかっています」
「だったらなんだって言うんだ」
蔵人は構えを解き、サムに告げた。
「最後にもう一度だけ言いましょう。私を殺すつもりで戦いなさい」
「それは俺が決めることだ」
「おそらく、君は水樹とことみに気を使ってくれているのでしょうが、無用なことです。つまらない戦いになることを避けて、あえて言いませんでしたが、君の本気を見るために伝えましょう」
「なにを?」
「私は、君を殺した後、すべきことをしたら腹を割いて死にます」
「――っ」
「父上っ!」
剣聖の衝撃の言葉に、サムは驚き、水樹が声を荒らげた。
リーゼと花蓮も、蔵人の想いに口を押さえて、なにも言えずにいる。
ギュンターだけがつまらなそうに鼻を鳴らした。
「それが、サミュエル君とリーゼへの謝罪です。そして陛下に不義理なことをした償いです」
「そんなことするくらいなら、戦う必要なんてないだろう!」
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、ナンセンスだ。
自害を覚悟して戦うくらいなら、最初から戦わなければいい。
サムの言葉に、蔵人は困った顔をした。
「そうかもしれません。ですが、もう戦いは始まっています。それに私は戦いをやめることができないのです」
「どういう」
サムが疑問を口にするよりも早く、蔵人が再び地面を蹴った。
(――っ、反応できないっ!)
今までとは比べ物にならない速度で動かれ、サムは反応できない。
「今から私は本気です。本気で君を殺します。耐えてみせなさい」
蔵人が言葉に殺意を込めて、一撃を放った。
(――まずっ)
思考よりも早く、刀が真っ直ぐに振り下ろされる。
刹那、サムの肩から胸、足を剣聖の斬撃が深く斬り裂いた。
「サム!」
今まで以上の血が吹き出し、サムが倒れ、リーゼが悲鳴を上げた。
「終わりですか? ならば止めを刺しましょう」
音もなく、傍に立ち鋒を向けて見下ろす蔵人に、サムは抵抗を見せた。
「――いや、まだだ」
サムは魔力を高めると、向けられた鋒を手刀で弾き、立ち上がる。
肩を押さえ、大きく息をしながら、魔力を流し込んで回復に努める。
(あー、血が止まらない。瞬間的に防御に魔力を全開で回したのに、やってくれる。これが剣聖か)
なんとか出血を止め、痛みを無視できる状態まで回復させる。
(本当に厄介な相手だ。ウル以外で、俺をここまで追い詰めた人間は――初めてだ)
にやり、とサムが笑った。
「――ほう」
サムは、剣聖を真っ直ぐに見る。
相対すれば、戦わずとも強いとわかる。
彼の積み重ねた剣技、経験、すべてが今のサムよりも上だった。
だが、ここで終わることはできない。
「残念です。本当に残念でならない。俺は、あなたが好きだった。いい人だったから、殺したくなかったのに、残念です」
剣聖は動かない。
サムがなにをするのか、期待に満ちた目で見守っている。
「水樹様、申し訳ありません」
「……サム」
決闘を見守っていた水樹に謝罪し、サムは蔵人を指差した。
「剣聖雨宮蔵人、お前は俺の敵だ」
「ええ、そうです」
「俺はここで死ぬわけにはいかない。お前の、恩義などというくだらない理由で死んでやることはできない。俺には愛する人がいる、彼女を幸せにしたい、ここで死ねば、リーゼ様が悲しんでしまう。それだけはできない」
「では、どうしますか?」
「お前を殺す」
明確な敵意を殺意を込めて、サムが蔵人と視線を交わすと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「ようやく覚悟が決まったことに嬉しく思います。さあ、最高の戦いをしましょう。この国最強の剣士と魔法使いにふさわしい戦いをしましょう!」
「上等だ」
サムが魔力を高めた。
その魔力はあまりにも大きく、見守っているリーゼたちがはっきりと視認できる魔力の強さだった。
「――これは」
サムの周囲を緋色の魔力が包んでいく。
サムの魔力量は、膨れ上がり、破裂しそうなほど大きく高まっていた。
「ここまでとは……素晴らしい魔力です」
サムに変化が起きる。
それに最初に気づいたのは、リーゼだった。
「サム、あなた、髪の色が」
婚約者が口にしたように、サムの髪が緋色に変わっていた。
それはまるで、彼の敬愛する師匠の髪の色に似ていた。
「喜べ、雨宮蔵人。俺に、これを使わせたのはお前が初めてだ。あの世でウルに自慢していいぞ」
緋色の魔力がサムを抱きしめるように広がっていく。
「なにを」
問いかけようとした蔵人をはじめ、見守っていた者たちが、サムの次の言葉に誰もが耳を疑った。
「術式――ウルリーケ・シャイト・ウォーカー解放」
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