49「受けてたちます」




「――ミッシェル家め!」


 どんっ、とジョナサンが執務机を拳で叩いた音が部屋に木霊した。

 彼の表情は怒りに染まっていた。

 無理もない。娘の婚約者で我が子同然にかわいがっているサムが、よりにもよって剣聖に命を狙われたのだから。


「落ち着いてください、旦那様」

「サムの言う通りです、お父様」


 この場には、決闘を申し込まれたサムと、体調不良を訴えながら婚約者の危機に居ても立ってもいられないリーゼがいた。

 とくにリーゼの感情は複雑だろう。

 元夫の実家が、尊敬する師匠に婚約者の殺害を命じたのだ。


 この場にいない花蓮は、祖母木蓮に今回の一件を報告しに一度帰宅していた。

 彼女も今回の件には思うことがあるらしく、止められないものかと考えているようだ。

 花蓮は戦うことが好きだし、強い人間が戦うのを見るのも勉強になると言うような人だが、それでも今回の決闘は間違っていると思っているようだ。


「まさか剣聖殿を動かすとは、ミッシェル家め、本気でサムをどうにかしたいようだな」


 その理由もわかっている。

 先日、ユリアン・ミッシェルがサムの命を奪おうとした。それだけでも腹立たしいというのに、あろうことかユリアンはリーゼや花蓮、そしてステラをサムから奪い妻にしようと企んでいたのだ。

 だが、返り討ちにあい股間を潰され、男性として再起不能になった。

 ジョナサンからすれば、逆恨みも甚だしい。


「あの、お父様。どうして蔵人様はミッシェル家の言いなりに?」

「剣聖殿はミッシェル家先代当主メンデス殿の大恩がある。そのせいだろう。いや、だが、それだけでここまで愚かなことをするだろうか? 私にはわからんよ」


 ジョナサンの嘆きもわかる。

 サムとリーゼも、なぜ蔵人がこのような選択をしたのか理解できないのだ。


 剣聖雨宮蔵人はスカイ王国最強の剣士だ。名ばかりの最強の魔法使いだったアルバート・フレイジュとは格が違う。

 サムと敵対した人物の中で、一番厄介で恐ろしい相手だろう。


 魔法使いと剣士の相性は悪い。

 ただの剣士程度ならば、中遠距離から魔法を撃ち近づけさせなければいいが、蔵人レベルの剣士になれば、その魔法さえ斬り捨ててくるだろう。

 そもそも魔法を使わせもらう暇があるのかすら危うい。


 リーゼと花蓮の協力おかげで、サムも接近戦はだいぶ使えるようになった。

 実際、竜と戦ったときも十八番の水神拳を使った接近戦を繰り広げた。

 だが、剣聖は竜よりも厄介だ。

 竜はサムを叩き潰そうと大技が多かったが、蔵人は魔法使い殺しとして的確な攻撃をしてくるだろう。


 ある意味、師匠ウルリーケ・シャイト・ウォーカーよりも戦いたくない相手だ。


「サムよ、決闘を申し込まれたのは君だが、どうする? 律儀に決闘を受ける必要はあるまい」

「受けますよ」

「サム!?」


 あっさり決闘を受ける選択をしたサムに、リーゼが悲鳴を上げた。

 剣聖の実力をよく知っているからこそ、サムが無謀に見えたのかもしれない。


「蔵人様と決闘なんて、できればしたくありません。ですが、相手は戦う気ですし、俺が拒んでも何かしらの手段で戦うことになるでしょう。なら、真正面から戦って叩き潰すだけです」

「勝てるの? 相手は、この国で最強の剣士なのよ?」


 不安そうな顔をするリーゼに、笑顔を浮かべて安心させようとする。


「ご心配はわかります。俺は普段、リーゼ様と手合わせをして勝てませんからね。剣聖を相手に、と考えただけで正直ゾッとします」

「なら!」

「ですが、負けてやるつもりはありません。殺し合いなら、手段はいくつかありますよ」


 逃げることはできないだろうし、したくない。

 婚約者に心配をかけるのは望まないが、最悪の場合を考えると、リーゼたちに被害が及ぶ場合だってあるのだ。

 ミッシェル家が自分だけを逆恨みしているならそれで構わないが、ウォーカー伯爵家まで見当違いな怒りを向けていたとすれば、ここでサムが剣聖と戦わないという選択は悪手だ。


「負けませんよ」

「……サム」

「俺はこんなところで負けたりはしません。ことみちゃんや、水樹様、そしてお弟子であるリーゼ様には申し訳ありませんが――全力で戦わせてもらいます」


 せっかく仲良くなった水樹やことみ、そして蔵人を尊敬するリーゼを悲しませる結果になったとしても、サムは死ぬわけにはいかなかった。

 亡きウルの分まで生きると決めている。

 魔法使いの頂点にも立っていない。

 なによりも、最愛のリーゼや、婚約者となったステラを残しては死ねない。


「いいの、サムや蔵人様が悪いわけじゃないもの。私からのお願いはただひとつだけよ――死なないでね、サム」

「私からも言わせてもらおう。死ぬなよ、サム」

「はい、お約束します」


 こうしてサムは、明日の決闘に挑むことを決めた。

 緊張と不安がないわけではないが、生きる理由があるので自然と恐怖心は消えていた。

 剣聖以上の相手と戦ったことがないわけじゃない。

 今まで乗り越えてきたように、今回も全力で勝つだけだ。


 サムは、ジョナサンに挨拶すると、リーゼと一緒に部屋を後にした。

 眠るまで不安を隠せなかったリーゼを抱きしめ、安心させることに努め、明日にむけて抱きしめあって眠るのだった。



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