48「決闘を申し込まれました」②




「ご無沙汰しています。えっと、旦那様に御用ですか? でしたら中に」

「いいえ、君に会いに来たのです」


 門番に扉を開けてもらい、蔵人の近くに駆け寄ったサムに、彼は柔らかな笑みを浮かべた。

 これにはサムも首を傾げる。


「俺にですか? あ、そうでした、丁度よかった。ことみちゃんに魔導書を渡したくて、そちらに伺おうとしていたんですよ」

「そうでしたか、ことみのために。ありがとうございます。サミュエル君は本当にいい子ですね」

「あ、え、はい、どうも」


 なぜ急に褒められたのかわからず困惑しているサムに、蔵人は笑顔を曇らせた。


「だからこそ、このようなことになったのが残念でなりません」

「え? どういう意味ですか?」


 彼の言いたいことを理解できなかったサムが問うと、剣聖は真っ直ぐこちらを見据え、はっきりと口にした。


「――サミュエル・シャイト、君に決闘を申し込みます」

「……え?」


 蔵人の言葉に、サムだけではなく花蓮までも大きく目を見開き、己の耳を疑った。


「命を賭けた決闘です。私は、君を殺さなければなりません」

「ちょ、ちょっと待ってください! 決闘って、どういうことですか?」

「明日、道場でお待ちしています。王都で私と君が存分に戦える場所は、王宮か道場くらいでしょう」

「待ってください! 俺にはあなたと戦う理由がありません!」

「私は……ミッシェル家の使いです」

「――っ」


 サムは絶句した。

 まさか、蔵人がミッシェル家の使いを名乗るなんて思いもしなかった。

 ミッシェル家がサムを殺したいのはわかるが、まさか蔵人を使うとは思わなかった。


「戦う理由がわかりましたね?」

「わかりません。なぜ、あなたが?」


 震える声をなんとか吐き出した。

 仮にもリーゼの師匠であり、彼女の離婚後にもずっと気にかけてくれていた蔵人が、なぜミッシェル家の使いとなりサムを殺そうとするのか理解ができない。


 彼の娘水樹だって、ユリアンから言い寄られて迷惑をしていた。

 それを知らないはずがない。

 蔵人の真意を知りたくで、言葉を待ったが、彼は首を横に振っただけで、答えをくれなかった。


「明日、屋敷でお待ちしています。そうですね、時間は夕方にでも」


 彼はそれだけ言うと、サムに背を向けてしまう。


「待ってください! 話を勝手に進めないでください!」


 サムの大声に、蔵人が足を止めて振り返る。


「親しい方と、特にリーゼと別れを惜しむ時間を差し上げます」

「本気で俺と戦うっていうんですか?」

「ええ、本気です。私は、君と戦わなければならない、残念です」

「だからその理由を!」

「――また、明日会いましょう」


 最後まで答えることなく蔵人は消えた。

 音も立てず、目にも留まらぬ速度でいなくなってしまった。


「……早い。見えなかった」


 ことの成り行きを見守っていた花蓮が、剣聖の移動速度に驚いていた。

 それはサムも同じだ。


「俺もです。ていうか、なんなんだよ! どうして俺が蔵人様と戦わないといけないんだよ!」


 だが、それ以上に、蔵人と戦わなければならないことに納得ができず、大声をあげる。


「サム、剣聖に勝てる?」

「―――どうでしょうね。ちょっと戦うところを想像したくない相手なのは間違いありません」


 花蓮が目で追えなかったように、サムも蔵人の動きが見えなかった。

 剣聖の名は伊達ではない。

 剣一本で王国最強の座を得た男は、間違いなく強者だった。

 理由はどうあれ、そんな男と戦わなければならないサムは、ゾッと背筋を冷たくしたのだった。



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