44「ユリアンと戦います」③
「え? いや、あの」
サムは信じられなかった。
攻撃したわけではないのだが、ユリアンに顔面に拳が直撃してしまったのだから。
しかもユリアンの端正だった顔が見るも無残に変わり果ててしまった。
これにはサムも驚きと困惑に包まれる。
「あああああああああああああああああああああっ!」
「お、おい」
「貴様ぁぁあああああああああああああああっ、高貴なっ、僕の高貴な顔をっ、よくもっ、よぐもぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
涙とよだれでぐしゃぐしゃにした顔を血塗れにしたユリアンが、怒り狂って剣を奮ってくる。
だが、型もなにもない、まるで子供癇癪を起こして剣を振り回しているだけと変わらないユリアンの程度の低い攻撃が、サムに当たることはなかった。
(もう茶番だな。うんざりする)
ユリアンが剣聖の後継者たる実力がないことがはっきりわかった。
本気を出していないと思っていたが、残念なことに、ユリアンははじめから本気だったのだ。
「もういいよ。お前が弱いのはよくわかったから」
「――ぼ、僕が弱い、だと? き、貴様ぁっ! この剣聖の後継者の僕によくもそんなことを!」
サムの言葉に激昂したユリアンは、剣を上段に構えて突っ込んできた。
はぁ。と嘆息したサムは、もうこれ以上付き合いきれないとばかりに肩を竦めると、自ら仕掛けた。
身体強化魔法を限界まで施し、地面を蹴る。
「――あ」
サムの動きに反応できず棒立ちとなった隙だらけのユリアンの懐に入り、渾身の力を込めて股間を蹴り上げる。
――ぐしゃり。と、なにかが潰れる不快な感触が、足越しに伝わってきてサムは眉を顰めた。
「ほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
股間を潰されたユリアンが、おかしな絶叫を発し、股を押さえて膝をつき蹲る。
彼の股間から、血の混ざった尿が流れ、ズボンを汚し、水たまりを作っていく。
「くっだらね」
サムとユリアンではあまりにも実力差がありすぎた。
殺すこともできたが、こんな奴でも一応はウォーカー伯爵家と同じ派閥の貴族だ。
ジョナサンに迷惑かけることは避けたい。
だが、ただでは済まさない。反省と後悔をさせる必要があった。
なあなあで帰してしまえば、この手の輩はつけあがり、同じことを繰り返す。
いちいち、相手をするのは面倒だった。
「命は奪わない。だが、男として死ね」
痙攣するユリアンに、サムは冷たく言い放つ。
股間を潰されたのだ、尋常ではない痛みを受けているだろう。
だが、あえてそうしたのだ。
リーゼを散々苦しめ、他の女性に同じことをし、水樹たちにも手を出そうとした男が、二度とそんなことができないよう、男として死んでもらった。
殺さなかったのは慈悲でもなんでもない。
生きて苦しめ、というサムの心からのメッセージだ。
リーゼを苦しめておいて、死んで楽になるのでは釣り合いが取れない。
股間を潰され、貴族として男として役立たずになったユリアンには、絶望しながら生きてもらう。
「――せいぜい苦しめ」
サムは悶絶し、動けずにいるユリアンをこれ以上視界に入れて置きたくないと、背を向けると、彼を放置して屋敷に帰ることにした。
夜風に浴びながら、城下町を歩いていると、雨がぽつりぽつりと降り出した。
次第に雨が強くなり、音を立てて降り注いでくる。
あっという間にずぶ濡れになったサムは、雨のおかげで冷静さを取り戻した。
「――早くリーゼ様に会いたいな」
もうユリアンのことはどうでもいい。
今はただ、最愛の人を抱きしめたかった。
しばらく歩き、ようやく屋敷に帰ってきた。
見知った門兵に手をあげ、門を潜ると屋敷から会いたかった女性が走ってくるのに気づく。
「サム!」
「あ、リーゼ様」
飛び込んできたリーゼは、そのままサムの体を強く抱きしめた。
「あ、じゃないわよ! あなたがユリアンに呼び出されたってマリーから聞いて、今、お父様と一緒に兵を出そうとしていたところなのよ!」
「すいません。心配かけたくなかったので黙っていたんですけど、逆に心配かけちゃいましたね」
「本当よ! それよりもサム、大丈夫? あいつになにかされなかった?」
「ええ、なにも。擦り傷ひとつしていませんよ」
むしろ、リーゼが自分の心配をすることが不思議でならない。
あの程度の男にどうこうされると思われているのなら、心配してくれるのは嬉しいが、少々心外だ。
「聞いてくださいよ、リーゼ様」
「な、なに?」
ただ、今は愛しい婚約者の体温を感じることに集中しよう。
(あ、でも、一応言っておいたほうがいいかな)
「あの男は、ただの雑魚でした。あ、戦ったついでに股間を潰しておきましたから」
「え?」
リーゼは体を離すと、目を白黒させた。
「ど、どいうこと?」
まさかサムがユリアンを男として再起不能にさせたとは思わないリーゼは、言葉の意味が分からず困惑したようだった。
サムはそんな彼女に苦笑を浮かべると、今度は自分からリーゼを抱きしめたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます