43「ユリアンと戦います」②




「はははははっ! こいつらは魔法使い殺しと名高い剣士たちだ! 宮廷魔法使いを名乗ろうと、魔法を使わせなければ敵じゃないのさ!」


 ユリアンの高笑いが響く中、剣士たちが真っ直ぐサムに突っ込んでくる。


「――はぁ」


 言われずとも魔法使いが魔法を使えないことは致命的だ。

 しかし、その対策を何もしていないと思われるのは心外だった。


「この程度の剣士たちが、たった五人か」


 連携もなにもなく愚直に突っ込んでくるだけの剣士たちなど、怖くもなんともない。

 身体強化魔法を発動させると、サムは地面を蹴った。

 手前にいる剣士に肉薄すると、唖然としている顔に拳を叩き込む。

 ぐしゃり、と音を立てて男の顔面が砕け、血が噴き出す。

 顔面を潰された男は声にならない悲鳴をあげて、剣を手放し、顔を押さえてその場でのた打ち回った。


「――え?」


 誰かが短く間抜けな声を出したのが聞こえたが、無視して次の剣士に迫る。

 強化された蹴りを放ち、膝を砕くと、バランスを崩し倒れる前に男の顔面を掴んでそのまま地面に叩きつける。

 地面に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、陥没する。

 ピクリとも動かなくなった男が白目を剥いていることを確信すると、三人目の撃退に取り掛かる。


「――ひぃ!」


 三人目は二刀流の剣士だった。しかし、怯えが全面に出ていて、剣を構えさえしていない。

 そんな剣士を得物を手刀で叩き折ると、宙に待った破片を手に取り、腹に突き立てる。

 絶叫をあげて地面を転がった男の顔面を踏み砕き、静かにさせる。


「次」


 四人目と五人目が同時に切り掛かってきたので、対応を同じくする。

 強化された動体視力を持ってすれば、彼らの動きは遅くて退屈だった。

 まるで止まっているようにさえ思える、愚鈍とした動きに嘆息しつつ、右足の爪先でひとりの顎を蹴り上げると、続いてもうひとりに振り上げた足を振り下ろす。

 頭頂部にかかと落としを喰らうこととなった男は、そのまま地面に勢いよく叩きつけられた。


「――は?」


 あっという間に五人が沈黙したことで、ユリアンが短く声を出した。


「いや、弱すぎ。俺を殺したいなら、あと千人くらい連れてこいよ」


 剣士たちが生きているのか死んでいるのか不明だ。

 殺すつもりで向かってきたのだ、殺される覚悟もあっただろう。

 だが、魔法使い殺しのくせに、弱すぎた。

 はっきりいって拍子抜けた。

 ユリアンが自慢気にしていたので、さぞ強い剣士だと思ったが、ただの雑魚だった。


「――は? は? は? ば、馬鹿な、そんな、全員が名のある剣士たちだぞっ!」

「お前さ、俺のこと舐めすぎだろ。こんな奴ら魔法使うまでもない」

「そんな馬鹿なことがあるか!」

「リーゼ様と毎日手合わせしているんだ。せめて彼女くらいの実力者を連れてこいよ」


 今戦った剣士たち五人合わせても、リーゼの足元にも及ばない。

 実戦経験はあるようだったが、サムを相手にするには実力が足りなすぎた。


「――リーゼ程度の剣士に負けていると聞いていたのに!」

「はぁ? リーゼ様の実力を知らないのか?」


 ユリアンは「リーゼ程度」と言ったが、リーゼは強い。

 サムが身体強化を使っても敗北を重ねている相手だ。彼女の実力を知るサムは、とてもじゃないが「リーゼ程度」などと口が裂けても言えない。


「こういうことを言うと、負け惜しみに聞こえるかもしれないが、リーゼ様に勝てないのはあくまでも手合わせだからだ」


 リーゼと花蓮と手合わせをして敗北続きのサムではあるが、『手合わせ』と『実戦』では違うことは両者ともにわかっていた。

 サムが殺意を持ってふたりと戦えば、敗北するのは向こうだろう。

 それをしないのは、あくまでも手合わせが訓練であり、サムが技術を学ぶ場だからだ。

 サムは今まで培った技術ではなく、彼女たちから学んだ技術で戦いを挑んでいる。そんな状況下で戦うのだ、敗北するのも不思議ではない。


 どうやらユリアンはどこからか、サムがふたりに敗北している情報を得ていたようだが、リーゼたちの実力を含めて、自分の都合のいいように過小評価していたらしい。

 ものごとを考える力ない人間は、実に滑稽だった。


「いい気になるなよ! こんな剣士たちを倒したくらいで、僕に勝ったつもりか? 役立たずたちに代わって、僕自ら相手をしてやる! 光栄に思え!」


 ユリアンの声から余裕が消えた。

 彼は剣を腰から引き抜き、正眼に構える。

 サムも、拳を握り、構えた。


「早くかかってこい。この茶番をさっさと終わらせよう」

「――覚悟しろ。てぇやあああああああああああああああああああああ!」


 叫び、ユリアンが地面を蹴る。


「ん?」


 こちらに向かってくるユリアンにサムは違和感を覚えた。


(――遅っ!)


 遅かった。遅すぎる。

 いつまで経っても近づいてこない。

 リーゼや花蓮はもちろん、先ほどの剣士たちよりも大きく動きが劣っていた。


「せいやぁああああああああああっ!」


 ようやくサムの眼前にまで移動してきたユリアンが剣を勢いよく振り下ろす。

 だが、勢いこそ人並みだが、剣速はやはり鈍い。

 ユリアンの一撃には速度も鋭さもなく、あくびがでるほどゆっくりだ。

 余裕を持って躱すことができた。


「――はっ、まぐれで避けたからと!」


 上段下段、左右から剣撃が繰り出されてくるが、サムは足を使うことなく上半身の動きだけで避けることができた。

 動きも遅いが、狙っている箇所が首だけなので、攻撃を見切る必要さえ感じない。


「はぁ、はぁ、はぁ、逃げるだけで精一杯のようだが、いつまでも体力が持つかな?」

「いや、息が切れているのはお前の方じゃん」

「そろそろ本気を出そう」

「なんだ、手を抜いていたのか。あー、びっくりした」


 内心ほっとした。

 いくらなんでも弱すぎるのだ。

 仮にも剣聖候補を名乗り、自信満々の人間の実力とは思えなかったが、手を抜いていたのなら納得できた。

 手を抜く理由は理解できないが。


「はぁああああああああああああああああああっ!」


 気合の篭った掛け声を放ち、ユリアンが再び地面を蹴る。

 しかし、彼の動きに変化はなかった。


(――なにも変わってないじゃん! え? なにこれ? 剣聖の後継者候補が、こんな程度のはずがない、よな? ってことは、俺は舐められているってことでいいんだよな?)


 ふつふつとした怒りが湧いてくる。

 実に、人を馬鹿にした態度のユリアンに、サムは怒鳴り声とともに拳を突き出した。


「いい加減にしろ! ちゃんと本気でかかってこい!」


 次の刹那、


「ぶへっ」

「あ?」


 サムがただ突き出しただけの拳が、ユリアンの顔面を捕らえた。

 鼻が潰れ、歯が折れた感触が拳越しに伝わってくる。


「嘘だろ?」


 唖然とするサムが、戸惑いを隠せないとばかりに呟くと、


「ぁぁあああああああああああああああっ!? ぼ、僕のっ、鼻がっ、歯がぁああああああああああああああああああっ!?」


 ユリアンの絶叫が木霊したのだった。


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