40「花蓮様がリーゼ様を元気付けてくれました」




「リーゼ、大丈夫?」


 暗い顔をしてベッドに寝そべるリーゼの顔を、花蓮が覗き込んだ。

 食後、家族と会話もなく部屋に閉じこもってしまったリーゼを心配した花蓮は、あとを追いかけて部屋にいる。


「……花蓮。ごめんなさい、心配かけてしまって。でも、大丈夫よ」

「あまり大丈夫そうな顔をしていない」


 大丈夫ではない人間の大丈夫ほど当てにならないものはない。

 花蓮は言葉少なくとも、リーゼのことを心から案じていた。


「――そうね。正直に言うと、ちょっと参っているわ。サムと花蓮とあんなに楽しい時間を過ごしていたのに、まさかたったひとりの男のせいで、こうも台無しになるなんて」


 リーゼがショックだったのは、ユリアンに再会したことではない。

 もちろん、不意打ち過ぎる再会に驚かなかったわけではない。楽しい時間に水をされたとも思う。

 しかし、リーゼを落ち込ませている原因はそこではなかった。

 リーゼがなによりも衝撃を受けたのは、自分がユリアンに恐怖したことだった。


「あんな男なんて、どうでもいいと思っていたわ。いえ、どうでもいいのよ。でも、実際に会ったら、情けないことに体が動かなくなってしまったわ」


 顔を見ただけで硬直し、声をかけられれば体が震えてしまうという体たらく。

 そんな自分が情けなく、悔しい。

 なによりも、いつまでもあんな男に囚われてしまっていることが、サムに申し訳がなかった。


「あまり言うことではないと思ったから黙っていたけど、わたしもリーゼの境遇は知っている」

「……そうでしょうね」

「気にすることではない……と、言うのは簡単だけど、実際はそうもいかないことも理解はできる」

「……ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しいわ」

「あの男を私がぶっ飛ばしておけばよかった」

「私も、あの気障ったらしい顔に平手打ちくらいできると思っていたけど、なにもできなかったわ。それが悔しくてたまらないの」


 唇を噛み締めるリーゼの隣に腰を下ろした花蓮が、そっと手を伸ばす。

 リーゼの手を握り、慰めの言葉を伝える。


「もう会うことはないと思う。それに、リーゼにはサムがいる。守ってくれる人がいる。だから、気にする必要ない」

「……花蓮」

「わたしはリーゼが羨ましい。無条件で愛してくれる人がいる」

「……そうね、私は恵まれているわ」

「わたしにはサムのような人はいない。それが悪いことだとは思わないけど、ちょっと寂しい」


 花蓮の意外な言葉にリーゼは目を見開いた。

 強い人間と戦うことを楽しみにし、結婚相手にも強者を要望する彼女が、慰めのつもりでもこんなことを言うとは思わなかった。


「……驚いたわ。強い人だけにしか興味がないと思っていた花蓮がそんなことを言うなんて」

「うん。それもある」

「ねえ、花蓮はどうして強い人を求めているの?」

「ここだけの話、別に強くなくても構わない」

「え?」

「わたしも女の子だから、守って欲しい願望くらいある」

「えっと、まさかそれで?」

「うん」


 少しだけ顔を赤くした花蓮が頷くと、リーゼから笑みが漏れた。


「ふふふ」

「実は、これ、お婆様にも内緒。リーゼだから話した。わたしの大切な友達だから」

「ありがとう、花蓮。私もあなたのことを大切な友達だと思っているわ」

「うん。それに、ちょっと当て付けの意味もある」

「当て付け? どういうこと?」


 首を傾げるリーゼに、ちょっとだけ唇を吊り上げた花蓮が言う。


「今まで、お見合いで会った男は、みんなわたしを見ようとはしなかった。あくまでも、宮廷魔法使い紫・木蓮の孫娘でしかない」

「……花蓮」

「一族と縁を結ぶことが目的で、わたしはおまけ。それにちょっと腹が立った。だから、私は自分より強い男という条件をつけた。そのくらいしないとやってられない」


 まさか花蓮が結婚相手に強い男性を望んでいるのがそんな理由だったとは思わず、リーゼがつい笑ってしまった。


「ふふふ。花蓮も女の子だったのね」

「失礼。わたしはいつだって女の子」


 頬を膨らます花蓮と顔を見合わせる。

 ふたりは急におかしくなって、クスクスと笑い始めた。


「うふふふ」

「あは」


 いつしかリーゼを支配していた暗い気持ちが晴れていることに気づく。

 もしかしたら花蓮はわざと自分のことを話すことで、リーゼを気分転換させてくれたのもしれない。


「実を言うと、一緒に生活してみてサムを気に入ってる。彼は優しい。なによりも、リーゼへの態度を見ていれば、彼が愛情深い人間だというのもわかる」

「ええ、サムはとても私のことを愛してくれているわ」

「だから、リーゼ。もうあんな男を気にする必要なんてない」


 いつも感情を表に出さない花蓮が、はっきりとわかるように笑顔を浮かべた。

 その表情はとても優しげで暖かいものだった。


「今、リーゼに必要なのは、部屋に閉じこもることじゃない。家族に心配かけることでもない。サムを抱きしめて、愛情をたくさん注いでもらうことだと思う」

「――そう、ね。そうしたいわ。今、とてもサムに抱きしめられたいもの」

「なら、部屋を一緒に出よう」


 花蓮が差し出してくれた手を掴み、ベッドから起きあがる。

 だが、愛する人を抱きしめるよりも先に、元気をくれた大切な友達を力一杯抱きしめたかった。


「ありがとう花蓮」

「ん。なんてことない」


 最悪の気持ちに支配されていたリーゼは、いつもの彼女らしい顔に戻ることができた。



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