39「リーゼ様が心配です」
「サム。リーゼとなにかあったのかな? まさかとは思うが、君と喧嘩した……いや、それはないか」
夕食のあと、暗い顔をしたままのリーゼは部屋にひとり戻ってしまった。
いつもならサムの部屋で談笑や、姉妹と花蓮とでお茶をすることがほとんどのリーゼだったが、昼間望まぬ元夫との再会をしたせいか、様子がおかしい。
そんな娘の変化に、ジョナサンたちも気づいていた。
サムは、ジョナサンの部屋に呼ばれ、尋ねられたので今日の出来事を伝えることにする。
「実は、城下町でリーゼ様の元夫のユリアン・ミッシェルと会ってしまいまして」
執務机を挟んで、立ったまま報告する。
リーゼのいないところで勝手に話すのは気が進まなかったが、娘を心配するジョナサンに黙っているわけにはいかなかった。
城下町でユリアンと出会ったこと。
彼が馴れ馴れしい態度で接し、リーゼが不快感を覚えたこと。
水樹を妻にするから余計なことを言うなと忠告されたことを、包み隠さず伝えた。
「なるほど。あの男と会ってしまったのか……だからか」
「申し訳ございません。俺が一緒にいたのに、好き勝手言われてしまいました」
「サムが謝ることではない。奴はいつもそのような態度をとるのだ。一見すると好青年に見えるが、内面は……」
「あやうく手を出すところでした。いや、出しておけばよかったと後悔しています」
「気持ちはわかる。だが、手を出さないでくれて助かった」
ジョナサンにソファーに座るよう促されて、サムは腰をおろす。
義父もテーブルを挟んだ反対側に座った。
「ウォーカー家とミッシェル家はかつて懇意にしていた。先代当主がとてもできた方でね。その縁もあり、リーゼとユリアンは一度は結婚したのだが、結果は君の知るところだ。先代当主が存命ならば、ああはならなかったはずなのだが」
苦々しく嘆息するジョナサン。
「先代当主、ですか?」
「サムは知らないと思うが、ミッシェル家の先代当主メンデス様は素晴らしい人物だった。国王陛下からの覚えもよく、剣士としても優れていたのだ」
「そんな方がいたんですね」
「剣聖雨宮蔵人殿が国から大陸に渡ってきたときに、いち早く才能と力量に気づき援助をした方でもあるのだ」
「へぇ」
(まさかとは思うけど、それでユリアンを剣聖の後継者候補に? いや、それは考えすぎか)
内心、思うことはあったが、口にすることはしなかった。
正直、ユリアンが剣聖になろうとなかろうとどうでもいい。
水樹やことみのことを考えると、あんな男が父親の後継者になることは嫌なのだろうと思うが、今のサムにとって重要なのはリーゼだ。
「だが、その孫はロクな男ではない。リーゼも、サムと出会ったおかげでようやく立ち直ったと思ったのだがな。あんな男と一度でも結婚していたという事実は消えないからね。すまないが、リーゼのことを気にかけてやってくれ」
「もちろんです。あとでお部屋を訪ねてみようと思います。今は、花蓮様がお会いになっているようですし」
夕食のあと、ひとり部屋に戻るリーゼを花蓮が追いかけたことをサムは確認していた。
毎日手合わせをしているふたりの仲は良好だ。
マイペースな花蓮と世話焼きのリーゼの相性はとてもよく、ときにはサムが花蓮に嫉妬することもあるほどだ。
だからきっと、今も花蓮がリーゼの良き話し相手になってくれているだろうと信じている。
「そうか、花蓮殿が。意外と言ったら失礼になるが、リーゼと花蓮殿が仲良くしていることは喜ばしい」
「俺もです」
ステラには嫉妬したリーゼだったが、花蓮にはあまり嫉妬心を見せなかった。
見合いをしただけで婚約者ではないからなのか、もしくは手のかかる妹がひとり増えたくらいの感覚なのかもしれない。
「サムと花蓮殿が将来をどうするのかはさておき、リーゼを気にかけてくれる人が私たち以外もいることに、父親として感謝したい」
「お気持ちはわかります。俺も花蓮様には感謝していますから」
「だが、まさかユリアンめ。水樹殿と結婚しようなどと企んでいるとはな」
忌々しそうに吐き捨てるジョナサン。
サムも彼の考えには同感だ。
「あの男は、リーゼ様と離婚したあとに、一緒になった女性とまた離婚したと聞きました。よく次々と手を出せるものですね」
ユリアンはリーゼと離婚したあとに、他の女性と結婚し、離婚している。
その上でさらに水樹に手を出そうとしているのだから、図々しいにもほどがある。
これがまだ水樹に好意を抱いているのなら、百歩譲って理解の範囲かもしれないが、ユリアンははっきりと好みではないが剣聖になるためだと言った。
同じ男として、不愉快極まりない。
「あの一族とはこの二年間距離を置いていたが、悪い噂は耳に届いていた。ユリアンにも問題があるが、当主の母親ミザリー・ミッシェルも問題がある人間だ。リーゼを追い詰めたのは、ユリアンよりもミザリーが原因だとわかっている」
「そうでしたか。ロクな親子じゃありませんね」
「違いない。悔やまれるのは、同じ派閥に所属しているため、はっきり敵対ができないことだ。一応、関係を切り、無視することで抗議する形はとっているが、これがどこまで効果があるやら」
「放っておきましょう。もう会うこともありませんよ。水樹様もあんな男と結婚するつもりはないでしょうし」
実際、水樹はユリアンと結婚するつもりはないどころか、迷惑しているようだった。
それ以前の問題として、リーゼの友人であり、離婚に至った原因をある程度知っている水樹が、どうしてユリアンと結婚すると思うだろうか。
「だが、奴は剣聖殿の後継者候補だ。まったく関わり合いにならないとは言い切れぬだろう」
「……かもしれませんが」
「しかし、ユリアンが剣聖の後継者候補か」
「旦那様?」
「いや、奴は剣が少々できると聞いていたが、剣聖を継げるほどの実力を持っていたとは思わなかった」
ジョナサンが疑問に思ったことはリーゼも言っていた。
そして、水樹に至っては、はっきりと奴を「弱い」と断言していたことを思い出す。
サムも、ユリアンの立ち振る舞いから、戦闘に慣れた剣士の雰囲気を感じなかった。
「私見ですが、あまり実力者だとは思いません」
「サムがそう言うのなら、そうなのだろう。まあ、いい。サムは面白くないかと思うが、奴がまた関わってきても無視してくれ。相手にすれば調子づくだろう。あの家とは関わらないのが一番だ」
「かしこまりました。そう努めます」
「すまない。私も父親として情けなく思うが、貴族にはしがらみがあるのだよ」
「わかっているつもりです」
「ありがとう」
「いえ、じゃあ、それはそろそろリーゼ様のところに」
気づけば結構な時間をジョナサンと過ごしていた。
リーゼと花蓮がどうなったかわからないが、サムもそろそろ顔を出したい。
「ああ、引き止めてしまってすまなかったね。娘のことをよろしく頼む」
「――はい」
サムはジョナサンに礼をしてから、立ち上がり、リーゼの部屋に向かうのだった。
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