41「呼び出しを受けました」
ジョナサンとの話を終えたサムは、その足でリーゼの部屋に向かった。
彼女を元気付けるためにはどうすればいいのか、と思考を巡らせながら廊下を歩く。
「手合わせしてスカッと気分転換をするか、それとも夜の城下町に繰り出して……成人していればお酒が一緒に飲めるんだけど、まだ未成年だからなぁ」
飲酒、喫煙に関しては成人した十五歳から嗜むことができるが、そのあたりは実際緩い。
サムくらいの年齢の子供が酒を飲もうと煙草を吸おうと、憲兵たちに「こらこらやめなさい」と言われるくらいで捕まったりすることはない。
さらに言えば、夜中に町を歩いて補導――なんてことも起きない。
ざっくりとした世界だが、前世日本ほど治安が良い訳ではないので、本当に自己責任だ。
日本にも犯罪者がいるように、この世界にも犯罪者いる。
盗賊、海賊、義賊などから、殺人犯、窃盗犯、さらには冒険者だが弱者から搾取しようとする輩だって多い。
子供が酒を飲んでいれば、生意気だと絡む大人だっている。
実際、ウルとの冒険中、情報収集で酒場に顔を出したサムを大人たちが取り囲んだことがある。
無論、その辺の冒険者にサムが負けるはずなく返り討ちにした。
さらにその後、「私のかわいい弟子に喧嘩を売るとはいい度胸だ!」とウルにぶっ飛ばされ、土下座まで強要された彼らは元気でやっているだろうか。
「リーゼ様の喜ぶこと……心当たりはあるけど、今それが適切かどうか悩む」
結局、リーゼのためになにをしてあげられるのか思い浮かばず、サムは足を止めて唸り始めてしまった。
「あの、サム様」
「はい?」
そんなサムの名を呼ぶ声がして、振り返ると、見知ったメイドがパタパタと小走りで駆け寄ってきた。
「どうかしましたか、マリーさん?」
赤毛のポニーテールのメイドは、二十歳くらいの愛嬌のある顔をした女性だった。
サムの部屋のベッドメイクや掃除を担当してくれる人でもあり、顔を合わせれば他愛ない会話をするくらい仲がいい。
彼女は、ウォーカー伯爵家で突然厄介になることになったサムを、伯爵家の一員として誰よりも丁寧に接してくれた人でもある。
そんなマリーの顔色が悪いのは気のせいではない。
「なにかあったんですか? まさかリーゼ様が」
「違います。お嬢様のことではないんです。実は、そのサム様にお手紙が届きました」
「ステラ様からの手紙ですか?」
「いえ、その」
「ダフネからはまだ来ないよな。手紙を送ったばかりだから、まだ向こうに届いていないだろうし」
自分にステラ以外からの手紙が送られてくることは珍しい。
ギュンターがときどき、自作ポエムを送ってくることがあるが、彼は目の前で朗読するのでわざわざメイドに渡すことはしないだろう。
「言いづらいのですが、ユリアン・ミッシェル様の使いの者がサム様にお渡しするようにと」
「――なんだって?」
「旦那様にもお嬢様にも手紙が来たことを知らせるなと言われました」
まさか二度と聞きたくない名前を、また耳にするとは思わなかった。
しかも手紙を送ってくるとはどういうつもりか。
「わかったよ、ありがとう」
マリーから手紙を受け取ると、乱暴に開封する。
「――好き勝手言ってくれる」
手紙の内容は、不愉快極まりないものだった。
ざっくり要約すると『子供の産めない役立たずだったとはいえ、リーゼは僕のものだ。君と婚約したのが気に入らない』とのことだ。
(――昼間会ったときに殺しておけばよかった)
リーゼを軽んじ、所有物扱いしているのも腹立たしい。
さらに『今夜、王都の外れで待っている。リーゼについて話をしよう』と呼び出しまでされた。
(無視するべきだってわかっているけど、駄目だ。頭でわかっていても、心が会えと言っている。無視できるはずがない)
安い挑発だとわかっていても乗らずにはいられない。
ジョナサンとの会話を思い出せば、無視するのが一番だ。
しかし、リーゼを所有物扱いされていて無視できるはずがなかった。
「あの、サム様。大きなお世話かもしれませんが、旦那様かお嬢様にご相談した方がいいと思います。ミッシェル家のいい噂は聞きません。もし呼び出しに応じてなにかされたら一大事です」
「……大丈夫。話をするだけだと書かれているから、それだけですよ」
「しかし……使用人がこんなことを言ってはいけないのでしょうが、リーゼ様を不幸にしたミッシェル家を快く思っている人間はこの屋敷にいません。しかも、その張本人のユリアン様からのお呼び出しです。なにもされないとは考えられません」
(同感だ)
サムも馬鹿ではない。
ここまで挑発されて、本当に話をするだけで終わるなんて思っていない。
だが、それを口にしてしまうと、マリーはジョナサンかリーゼにこのことを言ってしまうだろう。
だからサムはなんでもないように振る舞ってみせる。
「心配しないでください。向こうも馬鹿じゃないんですから、少し話をするだけで帰ってきますよ」
「しかし」
「だから、旦那様とリーゼ様には言わないでください。心配をかけたくないんです」
「ですが」
「大丈夫ですから」
心配してくれるマリーには申し訳ないが、彼女の訴えを無視して、サムは呼び出しに応じることにした。
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