32「その頃、王宮では」①




 スカイ王国第二王女レイチェル・アイル・スカイは実に不機嫌だった。

 装飾のあしらわれた豪華な赤いドレスを身に纏いながら、大股で廊下を歩いていく。

 青みのかかったシルバーブロンドの巻髪を指でいじりながら、苛立ちを隠そうとしない態度は、お世辞にも王女らしとはいえない。


 すれ違うメイドたちは、八つ当たりされたらたまったものではないとばかりに、レイチェルの視界に入らないよう、廊下の端に寄り、小さく静かに頭を下げる。

 そんなメイドたちに見向きもせず、レイチェルが目指すのは姉の部屋だ。

 姉の部屋の前にいた護衛がもういないことを知っているレイチェルは、勢いよく扉を開け放ち、ずけずけと中に入っていく。


「ステラお姉様!」

「あら、レイチェル。今日はどうしたの?」


 息を切らせ気味のレイチェルを出迎えたのは、部屋の片付けをしている女性――スカイ王国第一王女ステラ・アイル・スカイだ。

 メイドに任せればいいのに、自ら片付けをしている王女らしからぬ姉の姿に、耳に届いた話が本当だったのだとレイチェルは確信した。


「……お部屋を出るようになったとお聞きしましたので、ご様子を伺いにきましたの」

「気にかけてくれていたのね。ありがとう」

「妹として当然ですわ。しかし、本当にお部屋から出たのですね。てっきり嘘かと思っていましたわ。それに、あれだけ夢中になっていた勉強もおやめになったとか」


 探るように伺うレイチェルに、ステラは朗らかな表情を浮かべた。

 それに、少しだけ苛立ちを覚えるが、感情を表に出さないようにする。


「勉強をやめたわけではないわ。でも、勉強だけに時間をつぎ込むのをやめたのよ。最近では運動もはじめたのよ」

「……どんな心変わりですの? あれだけ勉強、勉強とおっしゃっていたのに」


 姉は明らかに変わった。

 王女として認められようと、部屋に閉じこもって勉強していた頃とはまるで別人だ。憑物が落ちたように穏やかな雰囲気を身に纏っているのがわかる。

 せっかくいい具合に引きこもってくれていたのに、と内心レイチェルは吐き捨てた。


「そうね、サムのおかげかしら」

「サム? どなたですの?」

「サミュエル・シャイトといえばわかるかしら?」

「――っ! サミュエル・シャイトですって? あの、宮廷魔法使いになっただけではなく、アルバートから王国最強の座を奪った、あのサミュエル・シャイトですの!?」

「え、ええ、わたくしはあまり知らなかったのだけど、レイチェルはサムとアルバートの決闘を見ていたんでしょう」


 今、王宮でサミュエル・シャイトの名を知らないものはいないだろう。

 王国最強の魔法使いの座を我がものにしていたアルバートが、いきなり決闘すると騒いだのだ。

 しかも相手は未成年の子供だが、あのウルリーケ・シャイト・ウォーカーの弟子だという。

 暇を持て余していた人間には恰好の話題だった。


 貴族の中には、アルバートがどれだけ残虐なショーを見せてくれるのかと期待しているものまでいた。

 引きこもっていた姉はともかく、レイチェルもその決闘に興味を覚え、観客として並んだひとりだ。


「もちろん観戦しましたわ。あのアルバートが子供を甚振ると聞いていたので、王宮でも楽しみにしていた人間は多かったのですわ。それなのにまさか、逆に一瞬で殺されてしまうなんて。アルバートも情けない男でしたわね」

「レイチェル。死者を悪く言うものではないわ。それに、サムが強かった、それだけでしょう」

「それはそうですけど……ですが、そのサミュエル・シャイトとお姉様がなぜお会いになったのですか?」


 死んだあとも王国に迷惑をかけたアルバートのことなどどうでもいい。それよりも、サムのことだ。

 なぜ彼が、よりにもよって姉と会っていたのか、レイチェルは気になってならなかった。


「そういえば、また伝えていなかったわね。わたくし、サムと婚約したの」

「――はぁ!?」


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